アトラスたちの責務 第四十九話
残念なことに、レアを介していないルール外の商売は見えないところで未だに行われている。
偽札は商会のグルヴェイグ指令によって国家予算規模でばらまかれており、ルール外でマルタン国境周辺で連盟政府から来た者と売り買いを行うのであらば掴まされるのはもはや回避不可能なまでに流通していた。
それ故に検査は以前よりも正確に、より厳しく行われるようになった。
マルタン国境付近は、連盟政府側から商売に来た者は特例的に入ることが出来る。その分、国境付近からさらにユニオン国内側への人の流れは厳しすぎるほどに監視されている。さながら第二の国境のようだ。それを突破する際にレアを介さない売買の痕跡が少しでも見つかれば徹底的に身元が洗われて捜査が行われる。その際に持っている紙幣が真札だけであれば、次回以降はレアを介した売買をするようにという厳重注意と、二回目以降は紙幣の真贋問わずに即逮捕の警告がされるだけだ。だが万が一にも、偽札が見つかれば悪意の如何に限らず逮捕される。
しかし、そうであるにもかかわらず、偽札による摘発が目に見えて減っているのだ。
さらに、意図的な見逃し(例えば、大損こくのが嫌で黙りをしようとした者や、袖の下で通そうとした者、そして、それを見逃そうとした者など)は誰であっても重罪となり、以前見せしめのように多くの逮捕者と重い刑罰が科された。
それ以降、意図的な見逃しは起こってもごく希であり、全て把握されているので無いに等しい状態だ。
これらから考えられるのは、偽札自体の流通量が減ったと言うことだ。
この辺りが最も偽札が横行するはずの地域だ。レアの采配のおかげで偽札自体が減ったのだろう。
何気なく私は尋ねたが、レアは目を合わせず、ほんの僅かな瞬間口を紡ぐような仕草を見せた様な気がした。
「私はルールを厳格化しただけですよ。戦いばかり起きて暗くなっている世の中です。できるだけ心地よく商売していただきたいですからね。ショッピングは楽しくないと! でも、お恥ずかしながら、確かに抜け漏れは今でもあります」
レアは仕方なさそうな笑顔になった。
彼女の采配に文句をつけているようになってしまったと言ってから私は気がつき、慌てて「ごめんなさい」と謝った。
すかさずレアは「お気になさらずに!」と首を左右に振り、笑顔を見せてきた。
「適切な形に戻ったのは、とっても素晴らしいことじゃないですか!」
「確かにそうですね。あちらでは偽札も真札扱いになったようですが、それが適用されるのはあちら側だけ。こちらは偽札は偽札ですからね。それが減るのはありがたいことではあります」
「しかし、協会も思い切りましたね。主軸通貨をルードから今後のユニオン新通貨に変更をするなんて」
「商会が偽札を凄まじい量に刷ってしまいましたからね。ルード通貨の信用がおけなくなってしまうのは必然だと思います」
レアは口をへの字に曲げて小首をかしげ、「その商会が取引を再開したいと……」と大きくため息を溢した。
「私は追い出された身ですが、元はと言えば創業者一族の末裔の一人。恥ずかしい次第ですよ」
「そうはいいますが、商会と協会のかつてのような連携はあってもいいはず。都合が良いと言えばそうではありますが、臨機応変さも必要だとも思います。こういう三者の話し合いの機会が得られたのは、レアの手腕ですよ。追い出された身であるにもかかわらず、水面下でトバイアス・ザカライア商会を切り捨てず接点を持ち続けたというのは、そうそう出来る物ではないと思いますよ」
三者の話合いがもたれたのは物事が改善に向けて動き出した証拠だと、少なくとも私一人は思っている。だが、レアの様子を覗う限り、私だけではないようだ。
父上に関して言えば、正直なところ全く分からない。現状での父上の連盟政府への評価はプラスではないが、マイナスではないはず。つまり改善のチャンスはある。だからこそ、この話合いは連盟政府を孤立から救い出すチャンスなのだ。




