血潮伝う金床の星 第四十八話
ルーア・デイリー紙はすっかりユリナを強硬派として扱い始めて彼女の記事を増やしていた。しかし、そこにいたはずのギルベールの記事は日を追うごとに少なくなっていった。入院していることの記事は小さくなり、その原因となった過労は草の根の運動によるものであるとはもう書かれなくなり、記事は一面から次の面、次の面と移っていった。そして、一週間もたたないうちにギルベールの名前は新聞のどこにも書き込まれることはなくなった。
ギルベールは捨てられたようだ。
実際に捨てられたわけではない。強硬派の候補として何事もなかったかのように彼が当選する。そして、メレデントの、強硬派の傀儡になるだけだろう。そして熱を帯びた選挙戦が覚めていくにつれて、いつの間にか忘れられていくのだろう。
同紙はさらにユリナが強硬派である決定打を打つことにしたようだ。彼女が主役となる集会を開き、そこで演説をすることになったのだ。主催はルーア・デイリー紙で、いくつかの強硬派支持団体もそれに協賛するようだ。
規模もだいぶ大きく、いつかマリークたちに魔法を見せた公園の中央広場が会場になり、評議員や有力支持者などが一堂に会することになった。街に出て広場を見かけたジューリアさんの話では、三日後に行われるそれの設営は多くの工事車両を集め、急ピッチで行われているそうだ。
まるで和平派団体の妨害や暴徒と化した住民たちから会場内を守る様に、それでいて外からは確実に見えるように準備をしているらしい。
それから日が経ち、決選投票の七日前のことだ。
大々的に貸切られた公園の一角にユリナが全メディアと各省強硬派関係者、それから普段軍部省舎にはあまりいない、いわゆる軍の制服組を集められていた。強硬派のメディアと支持団体はユリナに指示されるがままにちゃくちゃくと準備を進め、それはそれは立派な舞台を作り上げていた。さらに、ユリナ肝いりで国中の数多くのキューディラがレンタルされ、彼女の言葉がその広場どころかグラントルア全体にもれなく届くようにされていた。
シロークの許可をもらい、俺はジューリアさん、ウィンストンの三人でその集会を遠くから見守ることにした。
双眼鏡で覗くと、ユリナの傍にはまるでかつての俺のようにたたずむ強硬派メディアの重役がいる。和平派もうおしまいだろう。選挙も負けてしまう。またゼロからやり直しだろう。そう思うと、双眼鏡を握る手が汗にまみれ、落としてしまいそうになった。
正午を過ぎたころ、開演となった。まず最初に舞台に上がったルーア・デイリー紙の社長が少し話した後ユリナを紹介すると、トランペットの中、色めき立つ強硬派の万雷の拍手を受けて彼女は遅れて登壇した。それに負けじと会場を取り囲む反戦市民団体と和平派の支持団体たちが大きな声を上げている。
軍服姿の彼女は笑顔で両手を上げ観衆の拍手とヤジに応えて、社長からマイクを受け取った。そして、ボンボンボン、と叩いた後演説を始めた。
『ご集ま(キィィーーン)、チッ。オホン、ご集まりの皆様、改めまして軍部省長官を務めさせていただいているユリナ・ギンスブルグでございます。この度は皆さまにご報告があり、この場を設けさせていただきました。非常に重要なことなのでこの場にいらっしゃる。ええ、もちろん、場外にいらっしゃる方々ならびに首都にお住いの方にもお伝えできるように各メディアのお力添えもいただきました。お忙しい中御協賛のほど、誠にありがとうございます。さて、選挙戦も佳境に入りました。今回の選挙に立候補したわけでもないのに、私の部下が襲撃を受けたり、ありもしない妙な噂が流れたり、候補者の一人が事故死してしまったり、、、これまで様々なことがありました。そのすべては無駄ではないでしょう。前置きが長くなりましたが、さっそく本題に入りましょう。ああ、そうですね。その前にもう一つ。初頭効果と言うものがありまして、長い話をしたところで最初の一言しか覚えていないことがあるそうです。そこの秘書官の方。そう。立派なお髭のあなた。あなたはメレデント政省長官の長い話を眠らずに聞いていたことはありますか?』
ユリナが掌を向けると席にいた秘書官たちは顔を見合わせて笑っている。会場や舞台袖からも小さな笑いが起きた。
『そうですね。それでは私の言いたいことを覚えて帰っていただけないかもしれません。いいですか? みなさん。私はこれから数秒間黙ります。そして、このだらだらと話した前置きはきれいさっぱり忘れてください』
と言うと聴衆をぐるりと見渡し、黙った。
間をあけてまで印象付けようとしていることはいったい何なのだ。彼女は明言を避けてきたが強硬派であることはもう十分に世間が認識し始めている。それ以上の何を言おうとしているのだろうか。俺は下唇を噛むと、鉄の味がした。
しかし、沈黙が長い。受けてきたどんな生殺しよりもさらに長く感じる。
これまで話したことを忘れるどころか、犬の散歩やランニング中の人、通りすがりの興味がない者までその不気味さにくぎ付けになっているではないか。とにかくヤジを上げていた場外の群衆も静まり返ってしまった。
それから十秒ほど経過しただろうか。いざ話さんとユリナが鼻から大きく息を吸い込むわずかな音をマイクが拾い上げて会場にいきわたらせると、聴衆は一斉に耳を傾けるように首を後ろに下げた。
そして、
『私は和平派だ!』
とユリナは怒鳴った。
読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘・ブックマーク、お待ちしております。