アトラスたちの責務 第四十四話
ワタベ……。嫌な名前だ。だが、ただの嫌な感じではなく、クロエがそれだけ強調して言うと言うことは、それがあのワタベであることは確定しているのだ。
ワタベが督僧顕権真伝会の教祖であり、連盟政府の事実上の最高権力者の座に就いたということなのか。
クロエは「私も驚きましたよ」と、黙っている私がワタベの存在に気がついていることなどキューディラ越しに悟っているかのように話し始めた。
「そして、ケイ・ワタベの口座を辿ればすぐにシバサキの口座に繋がるのです。シバサキはもちろんリョウタロウ・シバサキの名前で口座を作っていません。ワタベ・コンサルティングの役員であるリョウスケ・シバタという男の口座がそうなのです」
督僧顕権真伝会の口座に触れる機会もあるが、口座名は屋号のみ(国教となった宗教法人であり商号と呼ぶべきか)であり、そこから先の流れは一般業務に任せており把握していなかった。
だが、ワタベは共和国で魔石の密輸をした際に会ったとき、シバサキとは袂を分かったと言っていたはずだ。これまでの行動を鑑みれば、それを真に受ける方がおかしい。
「つまり、寄付などで督僧顕権真伝会に入った金銭の一部はシバサキとワタベによって私的に流用されていると言うことですか?」
クロエは何も答えなかった。
答えないのではなく、答えられない。そんな気がした。
「分かりました。聞きたいのはそれだけではないので、話を変えましょう」
「賢い方で助かりますわ。その話、私にも気分のいいものではないので」
「とって言っても、督僧顕権真伝会がらみで申し訳ないのですが、先日も代表者が見られたました。その者の中に孤児たちを保護していると言っていた者がいました。その者たちから保護している孤児がいなくなったという噂は上がっていますか?」
尋ねると、クロエは息づかいすら聞こえなくなるほどに静まりかえった。キューディラ越しでも分かるほどに黙り込んだのだ。
先ほどの資金の私的流用について尋ねたときとは違う、明らかに答えたくないという強い意思を感じる沈黙。
その沈黙とほぼ同時に、突然先ほどと同じ高音のノイズが回線に混じった。
「あなた、それはどこから聞いたのですか?」




