アトラスたちの責務 第四十二話
その瞬間、目の前の公衆キューディラは鳴り始めて驚き、飛び上がってガラスに頭をぶつけてしまった。
後頭部を押さえ慌てて受話器を取り、「もしもし?」と尋ねると「あなた、ケイ・ワタベが誰かご存じなの?」と返ってきた。クロエの声だ。聞こえてくる音は先ほどよりもクリアに届いている。
何故かけ直せたのか、疑問は山積みだったがとにかくそれを問いただすよりも、本題を聞き出さなければいけない。
「知りませんね。ただ最近ラド・デル・マルの金融協会本社ビルに出入りしている宗教団体“督僧顕権真伝会”の口座と全く関係の無いはずの名義人であるケイ・ワタベの口座が紐付けされています。ルードに限らず口座内で動く金額があまりにも大きいので、そちらで内々に確認をとってもらおうと思ったのです」
「あら、そう。では、こちらからも聞きたいことがありますわ。あなたの方からわざわざ連絡をいただけたのはむしろ好都合でしたわ」
クロエは挑発的にそう言った。あくまで主導権は自分にあると言うつもりなのだろう。
「尋ねているのは私です。余計なことは言わないでください」
「余計なこととは思えませんが? では、最初にこれだけはお伝えしておきましょう。名義人のケイ・ワタベは偽名です。本名はカツトシ・ワタベ。名前を聞けば分かるでしょうが、色々調べはついてますわ。一時期あなた方と行動していた人ですわね」
何故ワタベの名前が出てくるのだ。混乱してしまい、言葉が詰まってしまった。
「以前、ワタベと行動を共にする前くらいまでに迷子捜索依頼を頻繁に受けておりましたね。そのときもシバサキの仲間だったと思うのですが、そのとき彼はどうされていましたか? お答えいただけるなら私も答えられる範囲でお教え致しましょう」
何を応えなければいけないのか、どのようなヒミツを要求するのか、と身構えていたが、少々、拍子抜けした。
その程度のことでいいとなれば簡単に答えられる。何も答えることが無いのだ。
なぜなら、迷子捜索任務にシバサキは一切参加していなかったからだ。私たちは出欠席を採るようなシステムが必要なほど大きなチームではなかった。だから、名簿に名前だけでも書いていれば参加したと言うことになるのだ。おまけに彼は当時リーダーだった。職業会館での依頼については、全て彼のやりたい放題できた。
つまり、参加しないで報酬だけを受け取ると言うことも可能だったのだ。
よって、私がクロエに言えることは何も無い。何も答えることが出来ないのだ。




