アトラスたちの責務 第三十七話
通貨単位の切り下げ? デノミネーションだろうか? 何故今なのだ?
驚いてしまい、黙っていたまま何も言えなくなってしまった。
「失礼致しました。どういうことか説明していただけますか?」
「連盟政府の内部でのことなのでやはり知らないのですね。最近、教導総攬院の院長のおかげなのか紙幣の流通量が増えたとのことです。景気が良くなっている証拠でしょう。しかし、あまりにもよくなりすぎてしまっているらしく、買う方がどんどん増えてしまって売り物が減って値段が上がって言ってるのです。私は経済のことはとんと分かりませんが、“インフレ”と言うそうですね。それは私も確かに感じているものです。食料の値段が三倍にもなってしまいまして。幸い、私たちは寄付のおかげで今のところ、ものが買えないという状況ではありません。ですが、そろそろ辛い方も出てきているのです。
そのために、単位の切り下げがされたのです。簡単に言うと、百ルードが一ルードと言うことになりました」
シスター・マンディアルグは急に懐が暖まったような笑みを浮かべた。
もちろん俗物的な笑みという意味ではない。彼女の目的の為にそれは喜ばしいことであるというものだ。
だが、金融を商品として扱う私からすれば、そう笑うことは出来ない話だ。まず、デノミを行うに至った経緯から笑えないのだ。
過去の値段を調べなければ分からない程度のインフレとは訳が違う、短期間におよそ三百パーセントの物価上昇とは明らかにハイパーインフレだ。好景気からではない。
それにしても、紙幣の流通量がさらに増えた? どういうことだ? 商会が偽札を刷っていたのに加えて、連盟政府が真札を刷ったのか?
「お伺いしますが、紙幣の枚数を増やしたのは教導総攬院の指示ですか? 例えば、国庫を解放したとか、新札を刷ったとか」
「いいえ、教導総攬院はそのような指示を出したとは聞いておりません。一応にも宗教機関なので、金融政策に何かをいうことは出来ません。商会の方もプロなので、私たちが口を出すというのも野暮というものですよ」
今の連盟政府の実権は、教導総攬院が事実上全権を握っている。紙幣の発行という国家的事業を知らないわけがない。
連盟政府の国庫は私たちヴィトー金融協会が管理していた。しかし、連盟政府からの撤退の際のドサクサにかこつけて焦げ付いていた債務をそこから捻出した。実際はそれでも足りず三割ほど焦げ付いた。つまり、国庫は既に空なのだ。となると紙幣が増えたということは新札を発行したと考えるべきだが、それさえも否定した。
口の中が苦くなるような、何か、嫌な予感がした。
「シスター・マンディアルグ。今手持ちのお金はありますか? 出来れば、流通量が増えてから流れてきた紙幣とか」




