アトラスたちの責務 第三十一話
昇る朝日はまだ低く、東側の空が眩しくて見ることができない。
窓枠が作り出す十字の影を顔に浮かべて見下ろすラド・デル・マルの街は動き出し、車通りが盛んになり始めていた。
そして、今日も見覚えのある一台のチューダーセダンがビルの合間の朝日を浴びて通りを駆け抜けてきた。やたらふかす乱暴な走り方で、繰り返されていくうちにすぐに目が付くようになった。うるさいのもあるが。
その車は金融協会本部ビルの前に止まると運転席からモスグリーンのスーツを着た女性が降りてきた。
さて、今日もそろそろおいでだ。私は三つに積まれたブルゼニウムのアタッシュケースを撫でて確認した。この冷たい手触りは何度目だろうか。
私は普段の業務の中で私はミラモンテス氏周辺の出納管理を任されていた。
その一つ、最大のものがコマースギルドの口座だ。彼は談合で一時的に立場が危うくなったが、マルタンでの信頼は未だに厚く口座を流れていく金額も相当なものだ。ギルド内部で管理を行うには額が多すぎるので、こうして私のようなヴィトー金融協会の者が扱うことになっていた。
ミラモンテス氏は極度のエルフ嫌いだったが、ある一件によりエルフへの態度を改めたそうだ。エルフ系のメイドを三人、メイド兼秘書として雇うようにもなったのだ。
その三人の秘書の出納も私の管理の範疇にあった。
その口座は彼女たちがミラモンテス氏の秘書となったときに新たに作られた口座であり、給金の振込先など個人的なものであるはずなのだが、ミラモンテス氏の物やコマースギルドの物と一括で扱うように指示が出ていた。
昨夜、ミラモンテス氏から私のキューディラに直に連絡があった。
氏は「秘書のレギナちゃんに三本、頼む。至急だ。明朝取りに行かせる」と短い伝言をすると、こちらがハイとも言うまもなく「お父さんによろしく」と言って切られてしまった。
これはいつも通りである。
三本、この場合は三千万ルードを秘書の三人にそれぞれ一千万ずつ融資を出せという指示だ。三の倍数、三,六,九など三の倍数の場合は三等分だ。それ以外はレギナという彼のエルフ秘書メイドリーダー、彼女はモスグリーンが好きだそうだ――に全額と言うことになる。
受けたのは日を跨ぐか否かの深夜だ。だが、その連絡を受けた時間が業務終了後であろうと関係ない。
指示のあった次の日の早朝、銀行業務が始まるよりも遙か前にそのレギナと言うメイドが私のオフィスに訪れて、三つか一つのブルゼニウム合金でできた大きめのアタッシュケースを取りに来る。三個の場合、一人で持つのは大変そうだが、レギナはスーツの皺をものともせずに持ち上げていつも通りふらりと消えていくのだ。
もちろん彼女たちの給料ではない。給料は指定された日に毎月振り込まれている。
そこで渡されるアタッシュケースの中身は、彼女たちを通じたその先の何かとの取引の為の資金だ。




