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血潮伝う金床の星 第四十六話

 次第に暇な時間が増え、屋敷にいる時間が増えていった。口には出さないが考え方を変えてしまったであろうユリナと行動することが減って、彼女の仕事を手伝うことも少なくなっていった。俺の在籍は軍部省扱いであり、選挙戦が始まってからシロークとはあまり行動ができなくなってしまったので、告示以降に彼のオフィスに行ったのは数えるほどしかない。

 そして、時間ができたからと言ってユリナの許可なしに屋敷の外へは出られない。つまり、またギンスブルグ家の食客に戻ってしまったのだ。


 その分、アニエスと過ごす時間も増えたので庭の散歩をよくするようになった。

 季節は進んで、木々は寒々しく痩せこけて、夏の夜に二人で星を見たヤブキリの東屋が見通せてしまうほどだった。枝を露わにした木は、それはそれで趣がある。すっかり葉を落としてしまって死んでしまったかのように見えていても、手に取れるほど近くで見ると赤く茶色く膨らんでいるのだ。

 次の温かな季節に芽吹くことを思うだけで楽しみになるほどに。それを見た後に、離れて森全体を見渡してそれがそこ一杯にあると思うと、ますます春が待ち遠しくなるのだ。


 しかし、彼女には申し訳ないが、やはりどこか上の空なのだ。どれだけ前向きなことを見つけられても、選挙のことを頭から追い出すことができないのだ。

 一度、ククーシュカの持ち出してくる度数の高いアルコールを飲んで忘れようともした。しかし、度数が異常に高くやはりほとんど燃料だった。酔っぱらうほど飲むと二、三日動けなくなってしまうのであまり進まなかった。オージーは相変わらず語学に夢中だ。散歩以外にすることもないので彼に言語を教えようかと思ったが、文字の違いが判らないのであまり捗らなかった。



 俺は、女神と俺自身の願いであった、人類とエルフの平和に導くことに失敗したのだ。まだ失敗が確定したわけではない。だが、決められた失敗に向って避けようのない一本道に入ってしまったのだ。



 こうして暇な時間ができると、自分の内側へと思考が移っていく。肩の怪我の具合はどうだろうかとか、これまでしてきたことは正しかったのかとか、これからどうなってしまうのだろうかとか。

 考えてもみれば、あまりにも短絡的ではなかっただろうか。エルフのトップを和平派が抑えることで人間との和平を実現しようというのは。市民の間の考えがたったの二通りならそれはかなったかもしれない。

 だが、数が増えればそれだけ考え方も増えるのだ。和平派であっても人間は心底嫌いだったり、強硬派であっても人間と取引はしたかったり、それぞれのエゴが一番正しいと思い込んでいる。なぜそれをエゴと否定的に捉えてしまうか。それはもちろん自分たちにもそのエゴがあるからだ。エゴは他人に押し付けて、初めてエゴになる。


 仲間たちは選挙の状況が良くないこともすべて知っている。それが、俺が大事なことをユリナに伝えなかったせいで起きた事態であることも、何から何まで。

 果たしてこんな俺に付いて来る意味はあるのだろうか。選挙の投票が終われば、俺たちはユリナの手によってある意味の恩赦を受け連盟政府側に強制的に送り返されるだろう。そうなってしまえばもう俺に付いて来る必要はない。

 しかし、ついて来いと啖呵を切った以上、彼らのその後は保証しなければいけない。戦争へ向かう世間の中で仲間たちが真っ当に生きていけるようになるのを見送った後、俺はどうしたらいいだろうか?

 この世界は広い。いっそ願いも何も踏みにじって遠くへ逃げてしまおうか。



 それを何も思わずにできたら、どれだけ幸せだろうか。

 女神は何も言ってこない。俺から女神に報告もしたくない。だが、彼女は間違いなく見ているだろう。そして、俺が逃げ出してしまおうかと思ったことも。



 それらを思考と言うには、繰り返せば繰り返すほどに気分は落ち込み、あまりにも非生産的だ。意味のないことだと分かっていても、与えられた時間の中で意識があるとそればかりなのだ。塞がった肩も痛くなってくるような気もする。腹が減るのも、眠くなるのも、全てそれのせいではないだろうか。



 することがなく長い一日が終わると食事をし、夜になれば眠るだけ。目を閉じれば意識はいつのまにか無意識に入れ替わる。日中に動いていなくても、なぜか腹は減り出た食事はしっかり食べ、そして眠る時間は増えていく。

 それでも朝になれば、アニエスが起こしに来る。起こすのを躊躇っているような小さな声で遠くから名前を呼ばれた後、頬を冷たい手で触れられる。寒雨に濡れた落ち葉のように床に張り付き、二度溶けない氷がはった冬の池に沈んだ石のように落ち込んだ意識が戻り、視界に光を入れると浮かぶ、会った時から変わらない彼女の笑顔。何があっても変わらないそれは日が経つにつれて、疎ましくなってしまう。君は起こしに来ること以外に何もしていないじゃないかと、思わずその優しさに爪を立てそうになる自分が憎い。それでも彼女の優しさに甘えている自分が憎い。


 俺は朝がますます嫌いになった。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘・ブックマーク、お待ちしております。

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