アトラスたちの責務 第十話
三名とは、ラド・デル・マルの郊外のマルシェで私を車に乗せて拉致しようとした者たちのことだ。
やはり、怒っているのだろう。しかし、ここで誤魔化してしまうのは誠実ではない。真実を話すことにした。
「あなたと別れた後、協会へ身代金を目的としていた彼らに拉致されかけてしまい、防衛のために手をかけてしまいました。高速で走る車から自力での脱出は不可能だったので、あのようにするしかなかったのです」
シスター・マンディアルグは首と掌を左右に振り、「いえ、いえ、とんでもございません」と予想外の反応を見せた。
「こちらこそ、大変ご迷惑をおかけいたしました。彼らは信心深い者ですが、貧しすぎたのです。あなたを誘拐して得られた金品を寄付しようとしていたのです。とても悲しいことではありますが、彼らのしたことは人の道から逸れてしまっています。彼らは天に召され、自らの行いを神の御側で悔い改めることでしょう」
掌を合わせて俯くように目をつぶり、ほんの数秒黙祷をした。顔を上げるとさらに話を続けた。
「実は、私がこの地位に就くことを決めたのはそれもあるのです。彼らのような方は何人もいます。その全てに幸福をもたらす為に私は決めたのです。あのときあなたに会えたのは神のお導きだったのでしょう。人に幸運をもたらせるのは、幸運な者の宿命。私の幸運がただ偶然ではなく、神のお導きだったと人々に伝え、そして幸せを分け与えるために」
背筋を伸ばすようになると「これからは良き教えを広める為に、誠心誠意尽くしていきたいと思います」と穏やかに笑った。だが、何かを思い出すようになると表情を戻した。
「いただいたお金について、今すぐお返しすることは出来ませんが、いつか必ずお返し致します。
あなたは無宗派であられる。神の教えは素晴らしいものです。ですが、信仰の強要などはいたしません。信仰がありがたいと感じる者は、信仰を持つ者だけです。あなたは広い心の持ち主であられる。教義などなくとも、あなたはあなたの信念に従えば善良な行いが出来る方です。やがて神の国が開かれたとき、信仰を持たずとも神は寛大にあなたを受け容れてくださるでしょう」
そういうと再び掌を合わせて穏やかに目をつぶった。
先ほどよりも短くそうした後、頭を少しだけ下げると廊下を進んでいった。
見送ったシスター・マンディアルグの背中は自信に満ちていた。もう密入国しなければいけない困難には遭遇するようなことはないのだろう。そう見えたので安心した。
彼女は人々を幸福に導く決心し、それに向かって具体的にこうして動いている。
私は私のすべきことをしなければいけない。角を曲がって消えた背中に振り向くことなく、頭取のオフィスへ繋がるドアをノックした。




