アトラスたちの責務 第九話
「あなた、なぜここにいるのですか? あれからどうなったのですか?」
「やはりこちらにいらっしゃいましたか。カミーユさん」
驚いた私とは対照的に、あの女性は私を見つめると穏やかに微笑みかけてきたのだ。
国境の壁の穴をくぐり抜けていたときのような、頬はこけて目は虚ろに光り生気の無い猫背とは対照的に、頬は血流に富み赤く目は奥ゆかしく光り、伸びた背筋には自信と豊かさに溢れているようだ。
「まるで私がここにいるのを知っているかのようですが、なぜ分かったのですか?」
「いただいたお金の入っていた袋にヴィトー家の紋章が描かれていたので」
そういうと懐から丁寧に折りたたまれたあの袋を取り出した。渡したときよりも綺麗になっている。大事に保管しておいたのだろう。掌の上で広げると、真ん中に描かれた小さな紋章を指さした。
ヴィトー家の紋章は連盟政府の貴族には珍しく、鳥をモチーフにしていない。紋章記述も短く、塗りつぶしのセーブルにギンセンカの花だけというシンプルなものだ。それだけでどこのものか一目で分かる。
そういえば、あのとき袋ごと渡していた。あれに我が家の紋章が描かれていることなどすっかり忘れていた。
「申し遅れました。私、ナディーヌ・マンディアルグと申します。あれから私とディアーヌ、あの子は怪我をすることもなく、無事に戻ることが出来ました。戻ってからも生活費に困ることもありませんでした。
しかし、自分たちだけが偶然あなたに会うという幸運に恵まれ、その後の豊かさを自分と娘のみ補償されるというのは心が痛みました。
それにあれほどの額、いくら私が欲深い人間だからと言っても、一生かかっても使い切ることが出来ません。そこで、教導総攬院に寄付をさせていただきました」
「あのお金はあなたに差し上げた物。突き放す様な言い方ではないのですが、使い方はあなた次第。寄付するのも構いません。しかし、今の生活は豊かなのですか? あの子はまだまだほとんど赤子のはず。衣食住に問題はないのですか?」
「現在の教導総攬院の院長は奇跡を越えた奇跡を起こせる……素晴らしいお方です。
その方が私の考えを尊重してくれたおかげで、ドゥチェンスとその中核宗派であるミストル・アーク派の中で高い地位を与えらることになりました。シスター・マンディアルグとしてペルス・ネージュ修道院で日々祈りを捧げ、貧しき者への施しをしています。贅沢が出来るわけではありませんが、私もあの子も普通よりも良い暮らしが送れていますよ」
世界樹の方舟。あの者たちと同じ宗派の祈りの捧げ方をしているのは以前マルタンの密入国者の勾留所で見ていたが、やはり関係があったようだ。
だが、何はともあれ、
「それは本当によかったです」
私も思うところがあり、それ以上の言葉が出てこなくなってしまい、会話が途切れてしまった。
だが、シスター・マンディアルグは「ところで、あまり良いお話しではないのでお尋ねするのは心苦しいのですが」と話を始めた。
「先頃、ユニオンで我が信徒が三名亡くなったことに関係されていますね?」




