アトラスたちの責務 第一話
ヴィトー金融協会はマルタン事変後ほどなくして、サント・プラントン本店営業部は破綻した。
言わずもがな、先のマルタン事変で起きたダムの攻防戦においてユニオンの味方をしたからだ。そして、連盟政府と聯合軍を組んでいたトバイアス・ザカライア商会とは完全に絶縁。破綻を政府に申請した時点で連盟政府内部で担保にされていた土地は全て政府に没収された。
サント・プラントンの白花宮では取り付け騒ぎも起きていた“らしい”。
協会の者が直接見たわけではないのは、私の父上、つまりヴィトー金融協会頭取であるロジェ・ヴィトーはマルタン事変以前には既にラド・デル・マル入りをしていたからだ。
白花宮の窓口機能以外は全てこちらに移されており、窓口からはうかがい知ることの出来ない白亜の大理石でできた宮殿の内側はもぬけの殻だった。
父上が私に移動魔法用のマジックアイテムを置いて行かせたのは、本社機能移転を秘密裡に行う為でもあったのだろう。
今さら白花宮の前で大声で叫んだところで、金融協会には声が届くことはないのだ。
「我が娘よ、カミーユ。怪我はしていないか?」
父上は手首に巻き付けていた最後の包帯を見ると、これ見よがしに悲しそうな顔をした。
「問題ありません」
「結果から言えば無事だが、だいぶ危ない橋を渡ったそうだな。レア・ベッテルハイムから全て聞いたぞ」
そこへ行けと言ったのは父上ではないですか、とは言い返せない。仮に私が戦場で斃れ姿無き遺体と僅かばかりの遺品となって帰ってきて葬儀のために丁寧に並べられたそれらを前にしても、これ見よがしの悲しい顔はおろか手向けの言葉一つも言わないのだろう。或いは、私がそのようなことにはならないと信じているのか。
父上はこういう人だ。矛盾したものを同時に抱える。どちらもあり得るので分からない。
「無事であるなら、何も言うことはありません」
父上は、ならばよかろう、と頷いた。椅子から徐に立ち上がると窓辺に近づいていった。
「ラド・デル・マルの街というのはこうも絶えず騒がしいのか。サントプラントンがまるで田舎のようではないか。そして、この縦に長い建物とは、実に素晴らしいな。地上の喧噪をまるで感じない。それに眺めも実に良い」
ガラス越しに街並みを堪能するかのように首を左から右へとゆっくり回し、眼下に広がるラド・デル・マルの街並みを見渡した。




