深淵の先 第二十六話
木々の間に人一人が通れそうな隙間があった。獣道だろうか。それにしては取り囲む木々の枝は折れたと言うよりも鋭利に切り取られており、地面も草が生えておらず踏み固められている様にも見える。頻繁に何かが通っているのだろう。
葉に落ちた雨粒が集まって表面を伝い落ち、また下の葉に落ちてさらに集まって大きな流れになる。その無数の繰り返しによってできたいくつもの滝が地面の泥を跳ねさせる音が聞こえていた。
しかし、暗い森に導くように轢かれた獣道を進むにつれて雨音はなくなっていった。なくなるのは音だけではなく、光も次第に差し込まなくなっていった。
空気の流れも滞っているのか、今降っている雨ではない、いつかの雨の臭いを溜め込んで出来た埃と黴の鬱屈とした臭いを閉じ込めているようだ。湿度も高く、肌に貼り付くようだ。
泥の小川の合間に小道は続いているので、杖の先を光らせて先を進んだ。
しばらくすると丸い光の照らす中に石垣が見えてきた。立ち止まり上の方を照らすと、石積みの上には鋭く尖った金属製の柵が見えた。
杖を横に動かして光を石垣に沿って当てていくと、石垣は途切れ壊れた金属製のゲートが現れた。その足元に四角い何か、光で照らすと赤銅色を返す物、銅製の板が落ちていた。建物の看板だろう。
それは泥と蔦にまみれていた。蔦を力尽くで引き剥がして泥を払い、杖先の光を当てると、緑青で所々青や緑になっている銅製の看板には、かすれた文字で“シゴーニュブロンシュ・アジール”と書かれていた。
「白きコウノトリの保護施設……救貧院、ね。その割には、趣味が悪いわね」
誰に聞かせるわけでもなく独りごちた。
柵の向こう側で葉が擦れ合う音がした。杖先をそちらに向けたが、枝が僅かに揺れているだけだ。しかし、風に煽られて擦れ合ったのではないのは明らかだ。
間違いなく何かが闇の中に身を潜め、私を見張っている。
見張っているだけなら知ったことではない。ここで足を止めるわけにはいかない。
これだけでは何も情報が得られないので、先に進むことにした。
立て付けの悪い金属製のゲートを押し開けると、金属が悲鳴を上げたが開かないほど硬いということはなかった。子の奥を根城にしている何かがいて、出入りをする際にこのゲートを開け閉めしているのは間違いない。




