血潮伝う金床の星 第四十二話
爆破事件以来、ギルベールの顔を見る機会はさらになくなった。
しかし、ルーア・デイリー紙でそれを書かれることはなく、彼がどうしているかは全く分からない。
グラントルアの墓地で行われているカストの葬儀にも彼の姿はないのである。
マリークが飽きてしまい、つないでいたジューリアさんの左手でぶらぶらと遊び始めたころ、神父の言葉が終わり葬儀も終わった。
共和国、エルフには、葬儀の後にすぐには棺を埋めず、しばらくの間穴の中に置いておく風習があるらしい。雨曝しのカストの棺は濡れ、窪みに水を貯めている。集まった水滴流れ、一筋の線となって土の上に落ちていく。
「終わったかね?」
カストを入れた棺のある穴の前に立ち三人で喪に服していると、ヘリツェン・マゼルソンが傘を差し一人で現れた。なぜ今になって現れたのだろうか。
「マゼルソン法律省長官、失礼ですがなぜ、ご家族であるあなたが参列されなかったのですか?」
シロークは悲しみと恨みがましい顔をして、遅れて現れた、棺に横たわる者の父親を見つめた。
「君はこれをカストだと言うかね?」
ヘリツェンは穴の中にある、少しだけ土をかけられた棺を顎で差した。
「この、棺の中にあるそれをカストと思えるかね?」
カストは体に爆発物を仕込まれ爆死した。彼は彼の形としては見つけられず、棺の中にあるものは彼と思しき肉片と生前の彼を彷彿とさせるものを集められるだけ集めた何かだ。
「カストは生前、私の友人でした」
「そんなことは聞きたくもない。あの下級貴族のマリアムネとかいう女もそうだ。かつての貴族でもない者どもとかかわりを持つなど……。息子も愚かだったな」
穴の方に体を向けたまま、顔をユリナとシロークの方へ傾けた。
「貴様たちと関わったから息子は事件に巻き込まれた、などと知恵も知識も理性も足りないようなことを私は言わない。それは怒りに負けた愚かな者が陥る責任転嫁だ。怒りで矜持を握りつぶすほど愚かではない。だが、人間と言う、自らの誇りの価値しか見出せず、他者の誇りを守れないような者どもが今回の事件を起こした。お互いの誇りを尊重できない者どもと付き合うなと私は教育してきたはずだがな」
「確かにギンスブルグ家はおっしゃる通り、ただの商人上がりの家です。カストも最初は私を気に入らなかったようでした。しかし、彼とは共に過ごすうちに理解しあえたと思っています」
「理解しあえた? 親子である私ですらわからなかったというのにか?図に乗るな」
ユリナがシロークをかき分け、ぐっとヘリツェンに詰め寄った。
「オイ、ジジイ。葬式にも出ねぇで何が親子だ。都合よく親子面すんなや!」
「……ヴルムタールの娘か。貴様も武器商人上がりの一族ではないか。しかし、突然出てきたお前はさてはて本当にそうなのか? 私は信じられないな」
ユリナを見下しながら続けた。
「貴様らは何か勘違いをしている。親も子も独立した個人で、そこには他者同士の関係が存在する。馬が合わなければ、合わない物は合わない。親子や家族であることに期待しすぎだ」
「でもなァ……!」
それにユリナは珍しく言い返せなかったようだ。
「何かまだあるのか? 私は忙しい。法律省に戻らねばならない」
シロークはユリナの肩にそっと手を置いて、振り返ったユリナに首を振った。
「……そうですか。残念です。残りの選挙戦、引き続き頑張りたいと思います」
背中を向けたマゼルソンは、
「かつての貴族でもない一商人が国政の上に立つなど簒奪も甚だしいな。それから私の息子は私同様、嫌煙家だ」
そう言うと墓地から去っていった。
ユリナは、クソッと言いながら雨で泥だらけになった地面を蹴り飛ばした。飛び散った泥が宙を舞い、穴の中の棺に点々と跡を付けた。
マゼルソンの退場に合わせるように、靄の中からモンタンが現れた。
「ユリナ軍部省長官殿、至急お伝えすることがあるのですが」
「おう、あんだ?」
「ガス爆発事故の件についてです。自分は代理です。大丈夫ですか?」
「続けろ」
「被害者の一名が意識を取り戻したそうです。そして犯人について話始めました」
「人間だろ?クソがなぁ……。この時期になぁ……。だから人間嫌いあんだよなぁ……」
「意識は朦朧としていますが、だいぶ具体的に姿かたちを言っています。まだ何かを思い出そうとしている途中のようです」
「それはイズミから聞いてる」
「独特な臭いのするタバコを吸っていたことは聞いていますか?吸殻を落していったようで、その銘柄もわかっています。共和国にはないもので、連盟政府の北部のノル、ノー、ノーデンヴィーズと言うところを中心に流通している非常に数の少ないものです」
それを聞いたユリナは無言になり、モンタンに視線だけを向けた。
「……年は中年過ぎくらいか?」
「そうです。もう聞いていましたか」
「そして、剣士風か?」
「それもそうですね。もうご存じでしたか。失礼しました」
ユリナは顎を手で触った。
「わかった。統合情報作戦局の出番は無いな。腹立つ法律クソジジィに頭を下げなくて済みそうだ。国外のことは私らに任せろ。後で対外情報局に指示しとく。それから、ノーデンヴィーズじゃなくてノルデンヴィズだ。さがれ」
それを聞いたモンタンは、はい、と言うと姿を消した。
モンタンが姿を消した後も雨の中で喪に服していた。しかし、五分ほど経つとマリークがくしゃみをした。少し気温が下がってきたようなので、屋敷へと帰ることになった。
ウィンストンの運転する車の中はすっかり静まりかえり、時々マリークの鼻をすする音とそれを注意するジューリアさんの声だけが聞こえていた。
それも静まり返ると、ユリナが前を向いたまま口を開いた。
「イズミ、お前。現場にいたんだよな?」
「そうだけど」
「さっき、モンタンのクソ坊ちゃんが言ったこと覚えてるか?」
「独特なタバコ、剣士風の男だろ?」
「それでお前は何を思った?」
俺は黙ってしまった。それで連想される人物はほかにどれだけ似た特徴を持っていたとしても、まず最初に思い浮かぶのは一人しかいない。
くっと奥歯を噛み締めていたのを見たユリナは、顎を上げて睨みつけてきた。
「それから、ノルデンヴィズだろ」
モンタンの発言であの男が犯行現場にいたことに気付き始めてしまったようだ。しかし、あの男のことは何としてでもユリナには隠し通さなければいけない。
「お前、私になんか隠してるだろ?」
人間が、しかもその中でユリナにとって一番憎い存在が、今回の事件を起こしたとなると、彼女はどうなるかわからないのだ。俺は視線を逸らすように窓の外を見た。
だが、もう隠しきれなかった。
ユリナはウィンストンに「停めろ」と指示を出した。そして車が止まると同時に、俺は外に投げ出され、水たまりに落ちて水しぶきを上げた。
先ほどよりも強まった雨脚の中でユリナが俺を見下ろしている。
「カストを、殺した奴ぁ……、シバサキだな?」
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