深淵の先 第十話
オフィスに戻り、渡された書類を机に放り投げると一つだと思っていた書類束が二束あることに気がついた。
縁には薄く糊が付けられており、一つであるように見せかけていたようだ。
今日オフィスにはオペレーターの子と後方には数人しかいなかったはず。顎を押さえて考え込むようなふりをして、首を曲げて辺りを見回した。
それからヘルツシュプリングについてと情報作戦についてが書かれた書類を分けて、こっそりと糊付けされていた書類を見た。
“戦略魔法としての全知魔法への到達を目的とした魔術研究における不透明性と正当性、および倫理観の調査”
“全知魔法への到達を目的とした研究とは、連盟政府が時空系魔法の継承者の消失を機に始めた研究だ。
四十年前の実験の失敗で時空系魔法は(人間側では)事実上の消失をした。時空系魔法を継承している残った少数も連盟政府には反抗的であり、戦力ではない。
時空系魔法を擬似的にでも再び我が手に収めんとするために始められた研究だ。
教導総攬院に政治的権限の多くが握られた。その結果、魔術研究の実施の判断も彼らに委ねられることになった。戦略魔法であろうと戦術魔法であろうと、その実験の大半が無駄であるとして強制的に打ち切られた。しかし、その中でこの“全知魔法への到達を目的とした魔術研究”は、黄金が無いことにより限りなく結果を出すことが不可能に近いとなったにもかかわらず、打ち切られることは無かったのだ。それどころか、より多くの予算が回されたのだ。
この数年はなぜかシバサキが中心にその研究を回している。現在教導総攬院のトップである“天尊渡部命”なる者は、別名義のケイ・ワタベという名で“ワタベ・コンサルティング”を登記しており、そこからカネの流れを追っていくとシバサキとの繋がるのだ。……”
教導総攬院について調べるな、というのは職務的な立場を考慮した上での話ということか。
やはり、スティリグマ殿も聖なる虹の橋の精鋭。腐敗退廃と罵ろうとも、連盟政府を下支えするに値する人と言うことだ。
個人的に勝手にやって、バレたら一人で死ねというのか。
冷たいように聞こえるが、スティリグマ殿が動けば全体に波及する。しかし、私一人が死んだところで聖なる虹の橋全体が潰されることはないのだ。
つまり、大黒柱は倒れない。
つらつらと書かれた文章の中に気になる一文を見つけた。
“シュテッヒャー領を始めとした北部辺境地域の反乱以前にノルデンヴィズ周辺で頻発していた事件との関連性”
シバサキはノルデンヴィズを拠点に活動をしていた。
非常に気が進まないが、まずはシバサキに会うことから始めなければいけない。
書類をくしゃくしゃに丸めてポケットに押し込んだ。
連盟政府の村々では収穫祭が行われるシーズンだ。
早雪の後に最初に迎える収穫祭は、どれほど田舎であってもとかく派手だ。ここブリーリゾンでは、昔からそう言った節目の祝いに、村の中心部、噴水の横に大きな焚火が置かれ一週間ほどそれを燃やし続けるという伝統がある。
今日は二日目だ。祭りも温まり、食べ物の匂いが充満している。
サントプラントンに向かう前に見物にでも行こう。




