深淵の先 第五話
「それは我々と意見が今のところはある程度一致している匿名の上層部穏健派からの指示だ。
連盟政府は彼に連盟政府内部で貴族として権利の復帰と対魔法戦術参謀の立場と引き換えに飛行機の実機の奪取を命じた。
北公の“海神の翁計画”に彼の部下を参加させ、そのまま北公には帰らず連盟政府内部に機体ごと持ち運び横取りするはずだった。
しかし、彼はカルル閣下への進言に失敗し、自らの部下を送り込むことが出来なかった。彼の代わりに現地に赴いたのはムーバリ・ヒュランデルであり、滞りなく任務を行い、そして、飛行機は北公に流れてしまった。
以上より結論を言うと、彼は飛行機の実機を盗むことには失敗したのだ。我々は飛行機のパイロットの育成を他所に潜り込ませるか、現地でパイロットの拉致もしくは好待遇での買収を行い、後は実機さえ手に入れば少なくとも北公は出し抜けたはずだった。
しかし、蓋を開けてみれば、技術力が共和国に次いで高い北公に飛行機が渡るという、最悪の事態になったと言っても過言ではない。
だが、連盟政府は戦争における飛行機の有効性に気がついておらず、ヘルツシュプリングを全く咎めていない。戦闘において明確な指揮を出せることがかなり評価されているようだ。彼の立場は変わらないとのことだ。
このままヴァンダーフェルケ・オーデンの指揮官に据えさせて、我々の実績をこれ以上奪わせるわけにはいかないのだ」
「私たち聖なる虹の橋とヴァンダーフェルケ・オーデンの内部闘争ですか。確か、そっちの騎士団もシバサキが総団長でしたね。同じ人間が管轄する組織同士で潰し合うというのは愚かではないですか?」
スティリグマ殿は大きく咳払いをした。オフィス全体に響き渡ったそれは、私だけでなくありとあらゆる者に有無を言わせないような威圧的な咳払いだった。
「これは闘争ではなく浄化だ」
どこかの思惑の臭いもする。
連盟政府は戦争を忘れた挙げ句、内部に敵を見いだして潰し合うようなことをしている。分離独立が相次いだにもかかわらず、まだそれを行おうというわけだ。
隙だらけではないか。
「我々のやることは争いではない。ゲフィラナのような実行部隊がいるのは、戦う為ではなく作戦に武力が必要になるからだ。そもそも、私たち聖なる虹の橋はシバサキの、おっと、シバサキ支柱司長殿の下に付いていると感じるかね?」
「いないも等しいので、何かを思ったことはありませんわ」
内部の上司への信用調査などしている暇など無い。スティリグマ殿の問いかけはあぶり出してはない。何も考えずに私は素直に答えた。




