深淵の先 第三話
魔術焼灼による修正がなされる前の戦況報告書を見たが、ラーヌヤルヴィの一族から出たその犠牲者は最初に連盟政府・紹介聯合軍を裏切って背後から突撃をかましたハッカペルの者ではなく、商会所属の者だったそうだ。行商隊の所属で、階級も支部長統括長とかなり上位だったと報告を受けている。移動魔法のマジックアイテムを持っていたのは間違いない。そのような貴重な物を持つ者を最前線に送り込むとは思えないし、後方、分水嶺の連盟政府側の陣地で補給任務にあてるのが最適なはず。
つまり、ハッカペルの突撃を喰らった背後よりもさらに後方で忽然と戦死者が出たのだ。
さて、なりふり構わずにとんでもないことをしでかしたのは一体どちらなのやら。しかし、連盟政府がそう結論づけたのだから、現場で何があったとしてもそれが事実として記録されるのは確かなのだから。少なくとも、連盟政府の内部でだけは。
「マルタンでの一件についての話はこれで終わりにしよう。始末書も込めてな。のんびり罰を受けさせている時間的人的余裕は我々にはない」
「寛大な処分に感謝致します。おかげで生きながらえましたわ」
「時代は進んだ。諜報は影から人混みへとシフトした。人材は大切にしなければいけない。最近は経済的にも不安定だ。戦闘が北と南西で起きて需要が増えて景気が上がると思っていたが、そうではないのだ。ヴィトー金融協会が撤退して以降、金融の管理が商会に全面的に移されて不安定感が増した。そして金融政策の大規模な方針転換と実行ときた。あの商人たちは何をしているのだ」
「自分の財布に貯まったカネしか見えていない者たちに、絶えず流れるカネの濁流は見えるのですかね。安易な方針転換によって連盟政府がどうなってていくか不安ですわ」
「カネ流れは調べるときが来よう。今はそのときではない。さて」
スティリグマ殿は話を打ち切ろうとした。だが、私はそこへ割り込んだ。
カネの流れを無視してはいけないのは、今まさにこのときであると考えている。気になる情報が入ってきているのだ。
「あらあら、お待ちください。カネの流れを調べるなら、早い方が良いですよ。国家金融に関与しはじめた商会よりもまず、旧“世界樹の方舟”。現“督僧顕権真伝会”の自称教祖だか神だかの“天尊渡部命”なる者の別名義ケイ・ワタベで登録されている“ワタベ・コンサルティング”の出納を調べる必要があると思いますが? そちらは国家でもなく、ましてや内乱後に登記された新興系の領地経営や店舗経営のコンサルティング企業であるのに、この数ヶ月で一年分の国家予算に匹敵するカネの流れがありましたが? 方針転換の話が出始めた頃にも量が増えたとか。商会はヴィトー金融協会と違って多額の流入流出には反応していないようですね」
スティリグマ殿は睨みを利かせてきた。
「やめておけ。知りすぎだ。宗教系の資金は洗わない方がいい。先に教導総攬院主導で十三采領弁務官理事会で可決された宗教組織税制優遇制度維持が黒い。黒すぎて何も見てはいけないのだ。コトを公にしようものならクビがとぶ。物理的にだ。相手が最近力を付けた教導総攬院ともなると、情報と共に存在すらなかったことにされる」




