深淵の先 第二話
「順調かね?」
部屋に入るや、支柱長殿の嫌味が早速始まった。嫌味ではないのかもしれないが、嫌味にしか聞こえない。
最近は何かと支柱長のオフィスに呼び出されることが多かった。例の論文の奪取、ユニオンと北公の独立の阻止、黄金捜索、マルタンでのヒューミント、思い起こせば全て始末書に辿り着いたものばかりだ。
自分の中でただの被害妄想だと言い聞かせていたが、そろそろ本格的な嫌味が飛んで来てもおかしくない。
「順調なら始末書なんてダラダラ何日も書きませんわ。始末書のインクも乾かないうちに、次の始末書が必要な任務が与えられていますので。それで、今日のご用件は何でしょうか」
「商会は連盟政府内部で金融政策の大規模な方針転換するかどうかについて検討しているそうだ。生活はどうだね?」
「各地で戦闘が起きて需要は増えましたがそれにつられてか不穏なカネ回りが起きて、さらに連盟政府広報の公式発表によれば、ヴィトー金融協会はマルタン丘陵でのユニオンによる虐殺に巻き込まれて商会とも連盟政府とも険悪になった挙げ句、事実上の破綻をして、商会が直接金融への介入を始めましたからね。生活に大いに影響が出てもおかしくないでしょう。ですが、私はお陰様で始末書を書くので忙しくて、それなりにいただいているので、困ってはいませんよ」
「マルタン丘陵の戦いは酷い有様だったようだな。報告に寄れば、移動魔法を攻撃手段として最初に使い始めたのはユニオン部隊で、対応するために連盟政府も使わざる得なかったそうじゃないか。だが、ユニオンに先を越されて連盟政府・紹介聯合軍は壊滅的なダメージを受けて撤退を余儀なくされたらしいな。極めて残酷なことをしたユニオンを許してはいけないな」
「そのようですね。政府がそう公式発表をしたのですからね。尤も、私はそのとき丘陵にはいなかったので、何一つ知りませんが」
商会と連盟政府の関係は以前から冷え切っていたが、何故かは知らないがマルタンの一件以降さらに険悪になった。
聞いたところでは、商会に所属していたラーヌヤルヴィの一族の者が背中を撃たれて戦死したそうだ。
マルタン丘陵での戦闘は確かに陰惨を極めたと聞いたので、死者が出てしまってもおかしくはないだろう。
だが、それでも疑問は残る。




