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血潮伝う金床の星 第三十九話

 ユリナがばらまき花吹雪のごとく宙を舞う札束を目で追ううちに、何時しかそれを見ただけで頭痛と眩暈と吐き気を催すようになってしまった。アニエスと屋敷の中で会うと、常々顔色が悪いのか心配そうに声をかけられてしまうほどだ。ククーシュカは「飲む?」と言って度数の高いアルコールをコートから出してくるのだ。


 揮発性のインクの臭いのせいで時折催す頭痛と、いくつも並ぶゼロに起こした視覚的な中毒症状に苛まれていたある日のことだ。気持ちの悪さにげんなりしながら新聞を読んでいると、ルーア・デイリー紙のリボン・グリーン団の記事が復活していることに気が付いた。


 こちらから積極的に連絡をとることができないオリヴェルの数少ない安否の確認方法だっただけに、俺はその時ばかりは不定愁訴すら忘れてその記事を一字一句漏らさずに目を通した。


『強硬派の雄、カールニーク社の御曹司であるオリヴェル君、強硬派主催のボランティア活動に復帰!和平派の陰謀渦巻く襲撃事件に心を痛めてしまった。しかし、優しき心の持ち主である彼は、今一度強く、そしてたくましく成長し、その勇姿を見せつけて多くの市民に勇気を与えた。仄暗き無明の未来へ日々邁進するこの国では、彼こそが未来市民を導く灯台の灯りである! 団員募集中! 正しき未来を創る御旗は君のもとに!』


 また大人たちにやらされているのではないかと勘繰ってしまったが、まずは嬉しいことに彼は無事なようだ。俺は記事を読んだ後、ふんふんと鼻を鳴らしてしまっていた。彼は団への復帰を果たし、従順な団員に戻ったようだ。家族(特に父親)と和解し、シモンの家から自分の育った家に戻ったのだろう。

 まだ家族の温もりの中にいたほうがいい彼は、そこで一緒に暮らしていくほうがいいのだ。選挙や思想のことはひとまずおいて、順調に大人になり、そしてマリークの友人でもあり続けてほしい。


 その記事以降、活動中の彼を街中で見かけるようにもなった。冬の良く晴れたある日の午後、軍部省にいるとき、強硬派のデモ隊が建物前に来ていたことがあった。

 ユリナの部屋の窓からそれを見ると、その中には緑色の腕章を付けた子どもたちがいて、そこにはオリヴェルの姿があった。血走った眼をした大人たちに混じり、大きな声で和平派反対! とシュプレヒコールを上げている。その熱量で真冬だというのに汗だくになり、捲られた袖に裏返った腕章をつけて、団員の先頭に立っている。立場的にその光景はうれしくないのだが、彼の元気な姿を見られたことで思わず笑みがこぼれてしまった。


 その後も彼の団員としての活動記録が記事にされることが多くなっていった。もとより彼が休止すると記事も休止していたので、彼のためにあるようなものなのだろう。しかし、以前にも増して、ほぼ毎日彼の記事が書かれるようになったのだ。


『オリヴェル君、リボン・グリーン団支部の正規リーダーに昇格! 最年少記録更新! 優秀な活動成績を残した彼には我々のルーア・メレデント共和国の象徴である真鍮製の金床バッジが贈られることになった』


『オリヴェル君、父上であるカールニーク社社長主催の強硬派決起集会でスピーチ。雄弁なその姿は多くの市民の心を揺さぶった!我々のルーア・メレデント共和国の未来は彼の双肩に!』


 様々なことで讃えられる彼の業績が続くようになっていった。そして彼の記事に続いてこんなことも書かれていた。


『リボン・グリーン団、政省見学ツアー開催! これまでメレデント政省長官は政治的中立を守るために配慮していました。しかし、あまりに多くの団員から見学をしたいという要望が寄せられたため、未来明るい子供たちのためならば、とこの度見学を快諾されました!申し込みは、所定の書類の項目に記入し、ルーア・デイリー本社宛にお送りください。※優秀な団員は政省長官と一等秘書官との面会もあります。※団員ではなくても15歳以下の方は参加できます。』


 記事によると、近々、政省舎の見学会が催されるようだ。オリヴェルもきっと参加する。そして何度も記事にされるほど優秀な団員である彼は面会をすることにもなるだろう。と言うよりもむしろそれは、彼が偉い人とのつながりを作るために彼の父親が設けたもので、つまり彼のために催されるのだろう。


 日々、彼が本格的に強硬派になっていってしまうのは悲しいが、彼自身が正しいと思ったことを選んだ結果、団に復帰することを選んだのだろう。



 狂った日々の中で、オリヴェルの安否確認はある種のオアシスのような気分だった。少しだけできた気分転換のおかげでまた前を向くことができたのだ。俺たちも自らの正しさに従い、選挙戦で勝ち抜くために気を引き締めた。―――贈収賄で真っ黒だとか言わないように。


 票集めも順調に進んでいる。

 軍部省、金融省それから政省の一部評議員も抑えられているはずだ。中立的立場を貫くであろう法律省評議員票が天王山になるとは考えられない。獲得票数は希望的観測では30票前後になる。保守派の15票を除いてしまえば多少前後しても当選は間違いない。その確かな手ごたえの連続に、勝利を確信し一歩一歩着実に近づいていった。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘・ブックマーク、お待ちしております。

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