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鵰の飛翔 第一話

「随分早い現場復帰だな。謹慎はまだ明けてないぞ」


「こちらの用事は思ったよりもだいぶ早く済みましたので、謹慎は返上致します」


閣下はそれを聞くと「謹慎は返上できるものではないぞ」と笑った。



私はマルタンでクロエと別れた後、予定通り以上にすんなりと目的を果たすことが出来た。

マルタン市庁舎でイズミさんたちがかなり暴れてくれたおかげで、注意がそちらに向いていたからだ。

ユニオンの雨雲に追いかけられ、次第に引き離して、北公に戻ってきた頃には朝焼けが輝いていた。

嗅ぎ慣れた冷たく澄んだ秋の空気のおかげで、感じていた疲労はどこかへ飛んでいった。

“海神の翁”をアスプルンド博士に引き渡したが、マルタンでの私の任務はまだ終わっていない。カルル閣下への報告が済んで初めて完了となる。


駐車場に駐められていた軍用車を借り、ノルデンヴィズの広大な訓練場の一角に臨時で作られた博士の研究所を後にした。駐車場にいた兵士に、車を借りっぱなしにされるのではないかと怪訝な顔をされたが、ほどなくしてここには戻ってくることになるので気にとめずに借りた。

早朝の指令部には人が少ない。

隅々まで清掃がされて、人が巻き上げる埃はおろか、まだ音さえも染みこんでいない壁やカーペットを踏みしめて廊下を足早に進み、真っ直ぐ執務室へ向かった。

いるわけもなかろうと執務室に向かってドアの前に立ったとき、ドア越しにコーヒーの香りがした。驚いたことにカルル閣下は早朝だというのに既に執務室に入っていたのだ。

私が午前中にここへ戻ってくることが出来ると言うのをキューディラか何かで知っていたのだろう。

彼が待ちわびていたのは、私が帰ってくることではなく、良い報告だ。



閣下は敬礼する私に向かって右手を小さく挙げて「報告を」と命令してきたので、肩幅に足を開いて腰の辺りで手を組んだ。

素早い衣擦れの硬い音に「もっと楽にしたまえ」と顔をしかめた。キューディラのボタンを押し「コーヒーを二つ」と言った。出来れば何事も事務的でありたいという私の硬い様子が気に入らないようだ。

秘書の女性が静々と入ってくると、コーヒーを二つ淹れて閣下の残り少ない冷えたコーヒーを下げ、小さく一礼して部屋を出て行った。


「一時間ほど前に戻ってきたばかりではないか。何を見てきたのか君の謹慎中の素晴らしき旅行記について話してくれたら、少し休んではどうだ? 西の果てはかなり騒がしかったようだな。おかげでこちらの戦線において敵は浮き足立っていたようだ。少しばかり南進した」


「旅は刺激的なものになりましたよ。帰りは楽でしたね。直線距離で戻れましたから」


「“海神の翁”はそれだけ素晴らしい、ということか」とカップの縁に口を付けた。

私もいただくべきだとは思ったが、ゆっくりと香りを楽しんでいる時間はない。

最前線で現場と現実を目の当たりにしてきた私に、閣下以上にその余裕を持ち合わせていないのだ。


「恐れながら、まずはそちらから確かめていただきたいと思いますね。見れば謹慎を返上せざる得ない理由もご理解いただけるかと。淹れていただいて申し訳ないのですが、出来れば取り急ぎ確認をお願い致します」


閣下は「む」と言うとカップを机に置いた。


「そうか。せわしないな」


そのまま表情を変えず、椅子から立ち上がり、壁に掛けられていた上着に手を伸ばした。

先ほどのように、ゆっくりしていけなどと野暮なことは言わないようだ。閣下の中にも焦りと私の手見上げへの期待があるのだろう。


「アスプルンド博士にもう引き渡してあります。訓練場の仮研究所にあるので、車で現地まで向かいましょう」


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