血潮伝う金床の星 第三十八話
まず軍部省。
軍部省に勤める評議員も軍人である。ユリナのおひざ元ではあるが、やはり軍隊と言うだけあって同省評議員には強硬派支持者も少なからずいるのだ。彼らは普段は卒なく仕事をこなしているのだが、選挙の話になると途端に栄誉だの名誉の死だのとわめき散らした。そして最後に現場を知らない小娘が、と言ってしたり顔をするのだ。自分よりも若い女性が上に立つのも気に入らないのだろう。
だが、相手はユリナだ。
「現場を知らない?現場?40年もの間、戦いのない現場は戦場と言えんのか?そのときガキどころか、下手すりゃオヤジのキ〇タマにすらいなかった奴もいるよなァ?魔物相手でもいい。実戦経験ある奴ァ手ェあげろ!」
と彼らを一蹴した。
ユリナは、発言に驚いて黙ってしまったところに畳みかけた。40年前の大戦をチラつかせて、人間側の新たな賢者の出現を確認し和平にしなければ戦争を吹っかけられ、現状を変えずに戦争状態に突入した際の損害数を適当に希望的、いや絶望的観測だらけに見積もって算出して、負けはしないが無意味であることを説いた。
そして、さんざんこき下ろしてうんざりさせたところにジャジャーンとケースを持ち出して「戦争が起きてあなたに死なれると替えが効かない」と言い、立場を保証するとにおわせた。するとあっさりと票を入れることを確約してくれた。
続いて政省へ向かった。
政治家か。尻の重いメレデントの犬たちは厄介だった。多くの評議員は一致団結でもしているのか、なかなか動こうとしない。中には、ギルベール先生はそんなことはしない!と声を荒げる奴もいた。
だが、一枚岩というわけでもないようだ。ギルベール同様に馬鹿正直なやつが少なくないのか、和平派支持の連中はケースを持ち出すまでもなく票を約束した。賢明な判断を下した彼らには、レンガを入れるにはちょうどいい大きさの外装をした、グラントルアでも指折りの高級なお菓子を後ほどお送りすることにした。
それから去り際に、俺は声を荒げた男の前でわざとらしくケースから四、五枚の紙幣を落とし、大げさに慌てたふりをした。すると、その男は散らばった紙幣をゆっくり拾い上げて、まだ昼過ぎだというのに「君、ディナーはもう済んだかね?」と声をかけてきた。
そして、
「これから省舎にほど近い高級レストランで食事でもいかがかな?」
と俺を誘ってきたのだ。ウェストル地方で採れた旬のムール貝をふんだんに使った美味しい料理を出してくれるらしい。
「悲しいことに何を食べても自分は飢えています。おいしいものには目がありません。ですが、自分は発言の際にユリナ長官の許可が必要なので、彼女が部下のわがままに付き合ってくれるならご一緒したいです」
と伝えると、彼はにっこりと笑顔になった。
やたらと個室ばかりあるそのレストランで話が始まった。急な来店だったので待合室で待たされていると、二人は「風変わりな部下をお持ちですな」「彼は非常に優秀ですわ」とにこやかに話していた。だが、それにも構わず二人を隔てるローテーブルの上に、俺はあえて視界を遮る様にケースをズシリと置いた。そして、パカリと開いてクルリと彼の方へ向け中身を見せつけると、生唾を飲み込む音が聞こえた。
しかし、彼のキューディラが偶然にも鳴り始めると、そのおかげで我に返ったのか、彼は惑わされまいと首を小さく左右に振った。
上品に話をするユリナの横で、俺は30秒おきに“瓦”をケースの上に一つずつ無言で積んでいった。“瓦”が高く積まれるにつれて彼の話の端切れは徐々に悪くなっていき、目で“瓦”をチラチラと見始め、そして、次第に顔が引きつり額に汗をかき始めて、最後には指をくわえてガタガタと震え始めた。
馬鹿正直な奴が育つ土壌のおかげで“レンガ”になる前に票を約束してくれた。
最後まで鳴り続けていたキューディラは誰だったのだろうか。気にする必要もない。
古代から受け継がれる言葉の中に、悪魔に話す機会を与えてはいけないというものがある。さしずめ悪魔は俺たちなのだが、金に目がくらんで機会を与えてしまった彼をどう思うかね?
さらに法律省。
保守とは言え、候補者であるカストの様子からも浮動票のようなものではないのだろうか。つまり動かしやすいが相手に持って行かれることもありうる。
だが、送り込まれた候補者が問題だ。現職法律省長官の息子なのだ。和平派か強硬派かではなく、彼らの言う中立性を保つために立てたのだろう。言い方は悪いが票捨て候補だ。
おまけに、そこの雰囲気は不気味なまでに統率されており、丸ごとカストへ流れることが予想される。叩けば咳き込むほど埃は立つが、票は全く動かないだろう。そして、その状況は強硬派も同じはずだ。可能性を信じて、というお祈り半分で評議員たちとは面会をした。
そして、一番狙うべきは金融省評議会の15票だ。確実に抑えるべきはこれなのだ。
新長官就任とともに同省の評議員は一度解体され、その後、新長官の指名により決定される。つまり、クビになる評議員もちらほら出てくるということだ。
今後新長官になった際に再指名されるようにゴマすりに来るはずだ。連中がゴマをすりに来る前に、タレまで用意して鍋を温めておけばいい。ケースを渡してしまえば、相手もこちらも温まる。
幸か不幸か、現長官アルゼンはユリナとお互いに皮肉をぶちまけ合うほど馬が合うようだ。詳しく聞いたのは初めてだが、彼は歯に衣着せぬ態度を貫く彼女を評議員の時から気に入っているらしい。
金融省のトップに就くだけあって金も大好きだ。これまでの感謝のお気持ち表明としてケースを三段重ねにすると、彼のほころぶ顔が見えなくなるにつれて、ほっほっほという笑い声が高くなっていった。
そして、金融省評議員たちとのちょっとしたお話の際には、彼らの眼前に積むのは“瓦”ではなく、“レンガ”を使うことで差別化を図り、票は固いことを確実にした。
「ユリナくんは金融省の中にレンガの家でも作るつもりかね? ほっほっほ!」
「ブタはブタでも、賢いブタはレンガの家を作るんだよ! レンガは足りてるか!? 屋根が欲しいなら瓦もあるぜ! アルゼンの旦那ァ! ははははは!」
狂った日々はあっという間に過ぎていった。
毎日毎日、帯で止められた札束とホクホクした評議員たちの顔を見ているうちに、倫理観と金銭感覚が崩壊していくのを感じた。
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