秋霖止まず 第八十六話
「ルジャンドル候補はテロの処理に当たった後も各地で演説をしていた。暴力によって選挙が阻害されたと演説は熱を帯びていたらしい。
あなたはユニオンの法律には詳しくないかもしれない。ユニオンの選挙法では、候補者が死亡した場合、問答無用で立候補は取り下げられる。今回のような事態が発生した場合、第三者が確実に生存を確認しなければそれは回避出来ないというのがルールだ。
ギヌメール候補は事実上の選挙戦離脱だが、離脱はしないとルジャンドル候補が共同候補として公表し、市長選挙委員会に正式に認められた、と書かれている」
それを聞いたとき、隙になるのはわかっていたが、私は安堵してしまった。
誰も伝えてこないギヌメール候補の安否を十二時間以上経ってやっと知ることが出来たからだ。取り下げず、委員会が公表を認められたということは、まだギヌメール候補は生きているかもしれないのだ。
胸から抜けた空気のおかげで降りてしまった肩を無理矢理強ばらせ、
「だからこそです。私が最悪の皇帝であり、ルジャンドルをその最悪の存在が支持する最悪な候補だと思わせなければいけません」
と表情を険しく装った。
ルカス大統領は私の表情を二、三度見ると「あなたという人は……」と呆れたように口を開いて止まった。
だが、首を左右に素早く振ると「ええい、仕方あるまい!」と言うとダイニングの脇に置いてあるキューディラの受話器を持ち上げてどこかへ連絡をし始めた。
「私だ! おい、選挙結果が出るまでアニエス陛下の話をメディアに一切載せるな! 良く書くのはもちろんダメだが、悪く書くことさえも許すな! マリナ・ジャーナルの独占記事だけだ。夕刊から、いいや、これから出る新聞は全部徹底しろ! 印刷が終わってようが、小売りの店先に並んでいようが、一文字でも書かれていたら全部回収して差し替えさせろ!」
言い切ると同時にキューディラを切った。
「あら、いいのですか?」
「あなたのしたことはもう充分に最悪だ! マリナ・ジャーナルだけではなく、ユニオンメディアの伝達速度を侮ってはいけない。これ以上はもう充分だ。頼む! なにもしないでくれ! おい、マフレナ、イルジナ!」
口角泡を飛ばして怒鳴りつけた後、続けて私の背後に立っていたマフレナとイルジナの方へ視線を飛ばした。
「君たちからも陛下に家から出るなと言いなさい! 君たちはなんだかんだと陛下に甘い! いいや違う! 陛下だけではなく、君たちも選挙まで家から出ることを許さんぞ!」
二人は慌てふためきまくし立てる大統領の様子を目を丸くして見つめていた。しばらくそうしていたかと思うと、顔を見合わせた後思い出したように「承知致しました」と頭を小さく下げた。




