秋霖止まず 第八十四話
翌日の朝、「アニエス陛下!」とルカス大統領は怒鳴るような声で名前を呼びながら私の部屋のドアをノックした。マフレナがノックに反応してドアノブを回すと、外側から押されて戸が開かれた。
ルカス大統領が顔を出し、首を左右に回して私を見つけると詰め寄ってきた。
明らかに怒りが顔に満ちているが、焦りもどこかに見えている。その手には新聞がぐしゃぐしゃに握りしめられていた。
私は怖じ気づくことはなく、それどころか大統領をにらみ返してしまった。
「何でしょうか?」
「なぜ勝手にマリナ・ジャーナルの取材を受けたのだ!」
ルカス大統領はサイドテーブルに新聞を叩きつけて、一面をバンバンと叩き始めた。
一面は“陰謀の影に落ちるマルタン市長選。候補者二人の裏の顔”と書かれている。どうやらマリナ・ジャーナルは思った通りの記事を書いてくれたようだ。
「マルタンでまたテロがあったのはご存じですね? ギヌメール候補の応援演説に向かう途中で巻き込まれたので、その場で取材を受けただけです。何か不都合でも?」
「取材を受けたのはかまわない。だが、何故あの候補二人が元顧問団だということまで話してしまうのだ! わざわざ現場に番記者を呼び出してまでだ!」
私はたった今ルカス大統領が言ったとおり、全てをマリナ・ジャーナルに伝えたのだ。
マルタンにギヌメール候補の応援演説に向かう途中でテロが起きたことやルジャンドル候補、ギヌメール候補は二人ともマルタンでは元顧問団だったということも包み隠すこと無く、洗いざらいだ。
ルカス大統領は頭を抱えて前屈みになった。
「あなたはその事実を知った上で黙っていて、尚且つ結託して権力に返り咲こうと言うのがはっきりしたと、これから強烈な口撃に曝されるのは間違いない。法的な処分が軽減できなくなってしまったぞ。最悪、国外追放もあり得る。それがどういうことか! あなたは理解しているのか? 共和国は帝政思想の種火など受け容れない。北公では脱走兵で重罪人。友学連はユニオンの一部。ルスラニア王国は北部辺境社会共同体の関係で北公との犯罪者取引は絶対。君は連盟政府にでも行きたいのか!?」
懊悩するルカス大統領の方へ身体を向けて「ルカス大統領」と低い声で呼びかけた。




