秋霖止まず 第八十二話
つい最近アスプルンド博士によって開発されたニトロセルロースは、燃焼時にほとんど煙を出さない。ニトロセルロースが開発されて以降、魔法による爆発と火薬による爆発の区別が曖昧になったのだ。
ここはユニオン。最新の物があっても何ら不思議ではない。
ルジャンドル候補が最新のものを知らないと言う可能性はある。だが、知っていようといまいと、ルジャンドル候補の言葉を疑う理由が私の中には一つある。
私は元はといえ、北公の軍人だ。一時的にではあるが、軍に確かにいた。主に仕事は魔術指導と訓練だったが、実弾を使う演習もかなりの回数をこなした。この自称軍人の男よりも火薬の匂いにまみれていたという自負はある。火薬の匂いなどすぐに嗅ぎ分けられる。もし、煙がすぐに鼻に届くほど爆心地のすぐ側にいたなら、私は匂いも分かるだろう。魔法であれば微かに発生するオゾンによるニンニク臭がし、それは火薬の匂いとは明らかに違う。
演習時には周りに燃えるような物はなかった。あったとしてもダイレクトに匂いは鼻に届いていた。
だが、今のように周りの街路樹や散らかったチラシやゴミなどにこれだけ燃え広がり他のものが燃焼して発生する煙が充満していては、どれがニトロセルロースの焦げた臭いなのかどうなのかなど、わからない。ましてや車の燃料まで黒煙を上げて燃えているのだ。分かるわけもない。
ルジャンドル候補は連盟政府の元軍人とは言え、平和な時代の軍人だ。マルタン戦線にもノルデンヴィズ南部戦線にも赴いていない。もちろん、軍人が暇なのは歓迎すべきだ。
しかし、戦地を経験していない、馬にも乗ったことの無いような暇な軍人が、その悪臭の中から嗅ぎ分けられるのだろうか。
彼は魔法を使えない。臭いによる判断が出来ないとなれば、煙が上がるかどうかという、爆発のまさにその瞬間を見なければ分からないはずだ。
そして、残念なことに爆発の瞬間に彼は車に乗って遠く離れており、おまけに会場に背を向けていた。
魔法による爆発だと早合点にしては自信のある回答をしたということは、この爆発について何かを知っているのは間違いないのだ。
思い込みだけで疑ってはいけない。私は捜査官ではなく、ただギヌメール候補を応援に来ただけの者に過ぎない。ユニオンの捜査当局は優秀だ。これだけの規模の爆破テロが起きたのだ。マルタン地域の警察だけではなく、中央の組織も関与してくる。後は彼らに任せよう。




