血潮伝う金床の星 第三十七話
ルーア・デイリー紙はどこへ向かってしまったのだろうか。
前回の声明発表以降、完全に方向性を見失ってしまったようだ。オリヴェルがギンスブルグ邸を訪れた翌日のザ・メレデント紙は、タブロイド紙でありながら襲撃事件の特集を大々的に組み、一面から大きくそれらを報道した。オリヴェルの名前こそ出なかったが、彼が言ったことを大げさにして書いているような記事だった。銃の種類については具体的に書かれることはなく、鉄砲で撃たれたとしか書かれていなかった。
と、そこに沈黙を貫いていたルーア・デイリー紙が突然襲撃事件の記事へ踏み込んだのだ。『襲撃事件捏造の怪。見えぬ弾丸はどこへ飛んでいった?』というタイトルで一転攻勢にでた。
『使用の銃は種類未だ不明。襲撃事件は和平派の捏造の可能性が大きい。カールニーク社御曹司であるオリヴェル・カールニーク氏は取材に対して使用された武器は鉄砲と発言した。鉄砲はこれまでの歴史の中で、魔石を動力として最初に開発された魔法射出式銃のことを指し、そう呼ぶ人も少なくない。昨今の魔法射出式銃増産で外部流出したものを襲撃犯が使用したと考えられる。実際に襲撃現場周辺でその銃のような発砲音を聞いたという事実も明らかになっている。ユリナ・ギンスブルグ軍部省長官が外部流出を否定した場合は、和平派の完全なる捏造であることの動かぬ証明になりうる』
それからの彼らの記事によると、被害者から回収された実弾は法律省管轄の調査機関に提出されたものの、民間には開示されることはないというのは受け入れがたいらしい。そして、それは実は開示しないのではなく、開示できないのであって、証拠など存在しないという証明になるそうだ。襲撃事件は魔力射出式銃を使った和平派の自作自演なのではないかと、主張し始めたのだ。
まるで言葉遊びだ。被害者としては気分が悪い。
しかし気がかりなこともいくつかある。ザ・メレデント紙では書かれていなかったが、ルーア・デイリー紙ではなぜ情報源がオリヴェルであるとはっきりと書かれているのだろうか。まさかタブロイド紙を参考に書いたのではないだろうか。これに対して疑問を持ちたいところだが、むしろそのほうがいいと願った。強硬派であるオリヴェルの父親を考えると、自分の息子の口から、自分たちの望む形の発言をさせる可能性もあるからだ。
さらにもう一つ、これまで毎日のように書かれてきた強硬派青年団のリボン・グリーン団についての記事がないことだ。
オリヴェルからの連絡はないが、俺は彼の無事を祈った。
それから間もなくして、市民投票は恙無く執り行われた。開票結果は獲得総数において和平派が圧倒的ではないが一番多かった。上位三人、つまり、シロークとギルベールとカストに絞られて、これから決選投票へと向かうことになった。
票を持つのは各四省から15人ずつの評議員だ。すべて合わせて60の票を取り合うことになる。
市民投票の開票後に行われた一位通過の祝勝会と称した決起集会で、シロークは他の和平派泡まつ候補二人を労い、そしてにこやかに握手を交わして決選投票への士気を高めていた。
最初の集会とは異なり、規模も人数もかなり増えていた。和平派支持者、ヴルムタール家再興支援団体、ギンスブルグ家近親縁者、民間のきな臭い開票作業員、その他の新たに支持に回った人々……、屋敷の会議室では大きさが足りず、離れで催された。
俺たちは集会に参加しなかったが、離れで催されているそれの煌びやかな灯りを屋敷から遠巻きに眺めて、和平派の票獲得は少なくはないだろうと妙に安心していた。
さて、決選投票へ向けた評議会へのロビー活動だが、市民投票の時とは毛色が違う。
何がと言うと、一番金がかかるのはこれからなのだ。できるだけ多くの評議員と面会して、シロークの票獲得に結びつけなければいけない。各省の評議員もそれを理解しているのか、何らかの形で平日に時間を割いておくことが多く、省内でもそれが黙認されているらしい。かつてユリナが評議員だった時、それを知らずにいつも通り仕事をしていたら渋い顔をされたことがあったそうだ。
では具体的に何をするのかと言うと、例えていうなら、便宜を図ってくれた方々には、小型の旅行鞄ほどのジュラルミンケース(ジュラルミンはないので実際は革の四角い鞄)を、約7センチ×16センチほどの長方形のパリッとした紙きれでホカホカにして、何も言わずに差し上げるのだ。
しかし、渡せばそれでいいというわけではない。投票に匿名性があるとはいえ、持ち逃げをされる可能性もある。それを防ぐためには、クビを掴むか、将来の席を保証するのだ。
だが、強硬派も同じことをするのは間違いない。ではどこで差をつけるかと言うと、結局のところゼロの多さである。
これまでに莫大な資金を集めたのも、ちょっとしたお話の際にそのジュラルミンケースの上にさらに“瓦”と“レンガ”のタワーを作るためなのだ。どの派閥よりも高い、頂点を築くために。
権力は得るために何をしたかではなく、得てから何を成したかが重要なのだ。
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