血潮伝う金床の星 第三十六話
「マリークにお友達ができて、お母さん、うれしいわぁ。ステキな友情ねー。めでたし、めでたし、っと。で、イズミさんよ。このガキどーするよ?ここからは大人たちが処理しなきゃなぁ。和平派の鉄砲玉にでもしたてるか?」
「悪いな、ユリナ。それだけは絶対にさせない」と思い切りユリナを睨みつけてしまった。
「おおおいっ、あんだよ。怖ェ顔すんなって。冗談だよ、冗談。だが、マジでどうする?」
「このままこの家にいさせたら、和平派の起こした誘拐事件だとか言われるな……。本人が否定しても言わされていることにされる。だけど、下手に動くと子どもを利用したとか、何が何でも悪い方向に脚色されるしな……」
それを聞いたオリヴェルはガバッと顔を上げた。そして「ボクは家出をする!」と真っすぐにユリナを見つめた。
「おっ、マジか! ガキの癖に根性あんな! しかし、だとよ、イズミさん、こりゃますますややこしくなったんじゃないか? 行く当てあんのか?」
「友達の家に行く。もちろんここじゃない。イズミは覚えてるか? あともう二人いた仲間でリボン・リバース団を結成したんだ!」
「リボン・リバース団? 何をするんだ?」
「真面目に活動をやってるふりをして、たくさん情報を集めるんだ! こんな強硬派なんてボクは間違ってると思う。でも、だからって、和平派ってわけじゃない! もっといろんなことを知らなきゃいけない! 決めるのはそれからだ!」
力強くこぶしを握りながら放たれた彼の言葉に思わず黙ってしまった。あの襲撃はこの子を大人にしてしまったのだ。少しの寂しさはあるが、間違いではない。
「そうか……。でも危ないことは絶対しちゃダメだよ?」
「大丈夫! それで、そのシモン……、眼鏡のやつの親がザ・メレデントっていう新聞社の息子で、事件のことをどんな話でも聞かせてくれたら預かってもいいって言ったんだ!そいつがリボン・グリーン団に入ったのは面白半分だし、友達だから入ったんだ。ボクはそこへ行く!」
しかし、ザ・メレデント紙の名前が出るとユリナは渋い顔になった。
「そりゃ……、大丈夫かよ……? ザ・メレデントたぁスケベ丸出しのタブロイド紙じゃねぇかよ……」
「ザ・メレデントってのはどっちの派閥だ?」
「聞いたことねぇなぁ。強硬派でも和平派でもないから……、なんだろうな……。じゃ、『平和に股間がカチカチ派』で『平硬派』だな」
「アホか。でも、息子を強硬派青年団に入れるってことは、多少は強硬派なんじゃ?」
それ聞いたオリヴェルは口を開いた。
「それはないと思う。シモンの親に会った時、戦争なんか知らない。世の中面白ければそれでいい、って言ってた。あいつも飽きるか父親に報告することが無くなったらやめるってよく言ってるし」
彼の話ぶりから察するに、ザ・メレデント紙は社長自身の息子とオリヴェルを利用し、何かしらの形で記事の内容を得ようとしているのだろう。息子の方はほとんど潜入取材をしているようなものだ。どこの大人たちも子どもを利用しようとする。その無垢さに付け込んで。俺自身、オリヴェルを通じてタブロイド紙を味方につけられるのではと考えてしまった。本当に最悪だ。しかし、いちいち感傷に浸っている暇もない。ここまで来てしまってはもう後戻りできない。してはいけない。
和平派にも強硬派にもいられない。保守派もどこか胡散臭い状況だ。そんな中で、彼にとってどちらでもないタブロイド紙は避難シェルターとしてはいいのではないだろうか。
「オリヴェル、君は本当にそれでいいんだね?」
覚悟を決めたように強いまなざしで見つめて、頷いた。
「もし、怖いことがあったらすぐに言うこと。キューディラは……無いか」
俺はキューディラを取り出し、彼の手のひらに置き、ぐっと握らせた。
「怖いことがあったら、すぐこれを使うこと。使い方は分かる?」
彼は少し不安そうな顔をした。やはり使い方を知らないようだ。
「おほぉ、イズミの旦那、羽振りがいいなぁ。自分のわたすたぁ」
「仕方ないだろ。俺はレアから新しく調達する。いいだろ?」
「ンなこと言ってェ、実は新しくしたいんじゃねぇの~?」
にやにや見つめてくるユリナをレアが遮った。
「構いませんよ。毎度あり! でも、タダで構いません。この度の双子座の件でがっぽり儲けさせていただいたので。うふ。それに個人銀行なのに共和国通貨をここまで保有できることはとてもありがたいです。いつかの借金もだいぶ減りましたよ」
「マジか! やった! あ、いや、今はそっちではないか。オリヴェル、持っていることは内緒だぞ?それから、大事に使えよ?」
彼は手の中のキューディラを強く握りしめた。
それから彼に簡単に使い方を教えて、その日は帰らせることにした。街までは距離があるから送るというと、彼はそれを断った。一応の護衛として女中部隊の一人に尾行をさせた。彼女の報告では、彼は自らシモンの家に向かい、無事についたようだ。
彼の置いていった上質なビロードのリボン・グリーン団の腕章は、文字の刺繍がほつれて読めなくなってしまうほどボロボロで、土や足形が付いていた。きっとここへ来る前に怒りをぶつけて地面に投げつけて、何度も何度も踏んづけたのだろう。彼は団員としての活動はもうできない。強硬派の家庭でそれはきっと許されないだろう。そうなると、この家出がそのまま勘当につながってしまう。彼を救う手立てはないのだろうか。
俺は腕章を持ちながら、それを渋い顔をして見ていたようだ。マリークが裾を引っ張ってきた。そして、「イズミ、任せろ!僕はオリヴェルの友達だ!」と、へへへと歯抜けの笑顔を見せて笑った。
「マリーク、お前サイコーにクールだよ」
屈んで小さくハイタッチをした。
読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘・ブックマーク、お待ちしております。