血潮伝う金床の星 第三十五話
マリークと連れ立って屋敷の廊下を歩いていると、正面玄関に集まり始めたのか、小銃を背負った小走りの女中部隊とすれ違った。カチャカチャと音を立てて横を足早に通り過ぎていく彼女たちを目で追った後、前を向くと、「イズミ殿、よろしいでしょうか?」とジューリアさんが現れた。軍服を着た背筋はビシッと伸び、すっかり現役時代に戻ったような雰囲気だ。
「さきほど、オリヴェル・カールニークと名乗る少年が正門前に現れて、イズミ殿と坊ちゃまに会わせてほしいと申し出がありました。具体的に身分を証明できるものがなく、はっきりいたしませんが、おそらく襲撃事件に使用された銃の開発元カールニークの親族なので、正門の前で控えさせています。いかがなさいますか?」
「オリヴェル!?」
マリークは嬉しそうになった。久しぶりの友達の来訪を喜んでいる様子だ。
そして、「行こう!イズミ!」と手を引っ張り始めた。
「ストップ。今、君と君の両親を取り巻く状況はわかっているかい? 少し我慢してくれ。まずはユリナとシロークを呼ぼう」
それに残念そうに肩を落として下唇を突き出した。不満そうではあるが納得してくれたようだ。
「うーん、仕方ないかぁ……」
「マリーク、ありがとう。大人になったな。ジューリアさん、二人への連絡、お願いできますか?あと、彼をあまり寒がらせないように。寒空の下で待たせるのはかわいそうだ」
ジューリアさんは、かしこまりました、と深く頷くと音を立てず姿を消した。
椅子に座りながらきょろきょろ周りを見たり足をパタパタさせたり落ち着きのないマリークをなだめていると、すぐにシロークとユリナが戻ってきた。やはり事件のことが関わっているので無視できないようだ。
オリヴェルは銃を向けられてはいないが、屈強な女中部隊員三人に取り囲まれながら玄関先に向っている。マリークと年齢も大して変わらない男の子にそれは少し可哀そうだった。怖がっているのか、彼の所属するリボン・グリーン団の印である緑の腕章をぐしゃぐしゃに握りつぶして、オリヴェルは視線を定まらせず、わなわなと震えている。
俺と、すぐにでも駆け寄りたいのかうずうずしているマリークは窓からその様子を窺っていた。
そして、ドアが開けられた瞬間、「ごめんなさい!」と声の限りの謝罪が聞こえた。裏返った声はオリヴェルのものだ。少し驚いて物陰から彼を覗くと、玄関先で待っていたジューリアさんとシロークを見上げている顔がひくひくと震えだし、そして瞳から大粒の涙があふれ始めていた。そして今にも引きちぎってしまいそうなほど強く腕章を握っている。
「ボクが、ボクが、イズミとマリークのこと、大人たちに教えたんだ!」
ぐしゃぐしゃになっていく声と顔に驚きあっけにとられていたシロークに駆け寄り、足に縋り付いた。 それにジューリアさんたちはすぐさま反応したが、シロークは首を振ってそれを止め、屈んで彼に視線を合わせた。するとオリヴェルは嗚咽を上げて叫んだ。
「だから、ボクのせいで! みんなが傷ついた! もうマリークの友達とはいえない! 全部ボクのせいだ!」
家に入れて落ち着かせてから話を聞くことになった。
オリヴェルはシロークとジューリアさんに連れられて応接室に通され、ソファに腰かけていた。隣に座っているかつての穏やかな雰囲気に戻ったジューリアさんに頭をやさしく撫でられると落ち着きを取り戻していったようだ。
ひっくひっくと泣いた後の余韻を残しながら、そしてときどき思い出して泣きそうになりながらも彼は少しずつ話始めた。
「イズミとマリークの下校途中の道とか時間帯とかを教えたんだ。食事してるときに父上が和平派の話を始めて、そのときにマリークと仲がいいって言ったら大人の男の人がたくさん集まってきて、暗い部屋に入れられて話を聞かされた」
シロークとユリナは話始めた彼にじっと耳を傾けている。
「そこでボク一人だけ椅子に座らされて周りを囲まれて、怖くなって全部話した。そしたら、大人たちはいい子だって褒めてきた。でも、次の日にイズミとマリークが襲われた! 街の大人たちが話してたし、次の日からマリークが学校に来なくなった。ボクのせいだ……」
そう言うとまた顔が崩れ始め、手で覆ってしまった。あふれ出た涙をぐしぐしと拭っている。話を聞いていた二人は顔を見合わせて、俺とマリークのいる方を向いて手で合図をしてきた。出て来ても大丈夫だという合図だ。マリークはそれを待ちわびていたかのように顔を明るくした。
「オリヴェル、生きてるぞ。マリークも怪我してない」
下を向いていたオリヴェルが顔を上げると、息が止まったかのように俺たちを二度見した。
「イズミ、マリーク……!」
すると立ち上がり飛び掛かってきた。
「よかったぁぁぁぁ!い”ぎでる”ー!」
彼を受け止めると左肩に痛みが走った。しかし何とか堪えて彼を抱きしめた。
「オリヴェル、君はどうしてここへきたんだい?」
「……これが……、正しいと思ったから。イズミの言う通り正しいと思ったからだ! ボクのせいで二人がけがをして、そんなの絶対に良くないって! だから謝りに行こうって!」
受け止めた彼をそっと地面に下ろし、跪いて頬を流れる涙を拭いた。
「そうか。オリヴェルは偉いね」
横で見つめていたマリークは彼に近づいた。彼は少し怯えていたが、マリークに手を握られるとまた泣き出しそうになった。そして「ごめん……」と鼻声で謝った。マリークは何も言わなかったが、彼を許したのだろう。もとより許す必要があることなど何もしていないのだ。
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