秋霖止まず 第五十七話
「先の談合事件でマルタンにおける大統領権限を部分的に増やすと言ったではないか? 中央がそれを足がかりに乗り込んでくるのではないか?」
「そのようなことはしないでしょう。談合事件に亡くなられた前市長が大きく関与していたとなると、中央は黙っていないのは当然でしょうね。地方自治を尊重するが、談合まで容認しているようでは支持者たちに舐められてしまいます。そういう地方規模の汚職事件を積極的に中央が摘発していく姿勢を見せることによる人気取りと他地域への見せしめに過ぎないのです。私はユニオンの政治の中枢の近くにいることが多かったのです。そこで幾度となく見てきましたが、マルタンの自治においては市長が誰であろうとも大統領に意見する権利を有しています。権利がある以上、それは聞き届けられなければならないので、取り返すことは可能でしょう。殊、マルタンは財政も豊かな自治体なので、発言力は大きく容易でしょう。つまり、当選さえすればマルタンの自治は全てあなた方の手の中に入るわけです」
二人は黙り込んだ。昼光色と何もない部屋に流れていた換気扇と照明の低周波が聞こえる。
表情に呆れや疑いはなく、思惑を巡らせているかのようにどこか焦点が合っていないのだ。どうやら悪い話ではないと思い始めたようだ。
「よろしいのであるならば支持を致します。ただし、私には制限があります。今の私の立場はあなた達もご存じのはず。選挙期間中に街に出歩き支持を訴えることは出来ません」
「ではどうやって支持していることを明らかにするのですか?」
「メディアによる報道を中心に支持を訴えていくのです。むしろその方が良いのではないですか? 街に出て堂々と声を上げてしまうと、私が権力拡大を目論んで大きく関与しているという印象を与えてしまいます。あくまで支持を表明し、私に関係する票をあなた方に貸すだけに出来ます」
「なるほど、確かにそうだな」
懐疑的に質問をしてくるギヌメール候補とは対照的にルジャンドル候補は完全に乗り気だ。ルジャンドル候補はギヌメール候補へ顔を向けると、促すように視線を向け始めた。
ギヌメール候補はルジャンドル候補と一度目を合わせると「当選した後のことは知りませんわ。勝手に皇帝を名乗っていなさい。ですが、票だけ貸しなさい」と言ったのだ。
意外にもあっさり了承した。やはり権力が手に入りさえすれば良いのだろう。
「では、私はどちらに支持表明をすれば良いのですか?」
ルジャンドル候補がぬっと身を乗り出すと「それは私であろうな」と深く頷いた。
「今はユニオンと連盟政府で戦いが起きている。私は軍務経験者だ。防衛に関して多くのノウハウを持っている。マルタンが不安定になるのは明白だ」
「そうでしょうか?」とギヌメール候補はルジャンドル候補に待ったをかけた。




