血潮伝う金床の星 第三十四話
「君の傷もだいぶ早いが回復したようだな。そろそろあちこち動けるかい?」
「おかげさまで大丈夫そうだ。さっきみたいに走ったりしなければな」
朝からシロークのオフィスへ向かっていた時だ。金融省の前に別の取材で来ていた報道陣に、車から降りるところをうっかり見つけられてしまったのだ。それまでの進展のない捜査や活動家の暴走などのせいでネタが枯渇した記者たちが何としても情報を得んとするため、俺とシロークを目ざとく見つけると一斉に駆け寄ってきてしまった。
このままでは大騒ぎになり、報道陣と集まってきた野次馬に囲まれてしまい身動きを取れなくなってしまう。そして、ユリナの許可を得ていない俺は黙ること以外許されていないので、何を聞かれても答えない俺と意地でも話を聞き出そうと立ちはだかる記者で我慢比べになるのは必至で時間の無駄になる。
そこで、俺とシロークはアイコンタクトでタイミングを計り、横に広い金融省の敷地の裏口まで走って逃げることにしたのだ。敷地内に入ってしまえば彼らも入っては来られない。そうして、オフィスについてひと段落したところだった。
「いや……、申し訳ない。ユリナのようにもっと警戒すべきだった。そういえば、あの話はしていなかったかな」
コーヒーを片手にシロークは続けた。
「強硬派支持団体が見解を出す直前に盗難被害の届け出がされた。前にも言った通り、盗難発覚後48時間以内に出さなければ罪になる。事件発生時刻を盗難発覚時刻と処理しても、その昼過ぎからからすでにだいぶ経っていて、当然ながら期間外で受理されるはずもない。が、軍部長官が出てくるや否や強気に出始めたらしい。女性だから強く言えば覆せると思ったのだろう。だが相手はリナだ……。10秒で膝をついたよ。頭の回転速度と実績を知らなかったのだろう。持ち主は銃砲管理責任放棄の容疑で今ハコの中だ。暗殺未遂容疑はまだかかっていない」
「それをメディアには伝えたのか?」
「いや、していない。和平派への糾弾に使うのは構わないが、彼がリンチに遭うかもしれないからな。過熱状態の今は特に危険だ」
これには確かにそうだとしか言いようがない。俺は黙って頷いた。
「そして声明発表直後に、毎日二回来ていたあの魔石業者が血相変えて軍部省フロントに現れたらしい。そして、封筒を置いて帰っていったそうだ。危険物の可能性もあったので念のため中身を警備隊が確認したところ、『我々ではない。今回は身を引く』とだけ書いてある怪文書だった。七年前の共和制移行時の紳士協定で国家中枢には強く出られないカルテルは、本格的に取り締まりをされるとひとたまりもないのだろう。その企業名は以前配布されたリストにないから、リスク回避のダミーだ。おそらく二、三週もすれば魔石の価格も通常通りに戻る。これまでの取引で十分すぎるほどの資金はもう得た。それに銃増産に必要な量は確保できているが、もう少し儲けさせてもらいたかったものだ」
シロークはポケットに手を入れて、天井を見上げた。
「だが、少々問題が起きてな。まぁ大したものではないのだが」
「何だ? いまのところ、和平派への票の流れは順調に向かってきているような気もするけど」
「その問題と言うのが、君たちのところの掲示板とか言ったかな。あの不特定多数で会話できる機能のことだ」
「それがどうかしたのか?」
「リナが人間であるという書き込みがあった、と彼女自身から報告を受けた。不定期に何度も同じ文章が書きこまれているのをあの二人の迎えの際にたまたま見つけたらしい」
「おい! 大問題じゃないのか!?」
しかし、シロークは黙ったままだった。コーヒーカップに目を落してゆっくりと口につけた。鼻から息を出すと、「と思った。最初のうちはな。私もかなり焦った」と言った。
「何か手を打ったのか!?」
「いや、必要ない」
「なぜ!? ユリナが人間だとバレたら選挙どころではなくなるぞ!?」
落ち着きたまえ、と右手を前に出して俺を抑えた。
「国家中枢と、各省の指揮系統と、ステータスのためにごくわずかな富裕層しか持っていないキューディラの中で、さらに掲示板機能を使えるそれがこの国にいくつあると思う? 魔石は豊富にあるが、もちろん連盟政府側にだが、時空系の魔石を要するキューディラはそちら側にも多くないのだろう?少ないもののうち、さらに少ないものが共和国に流れてくるのは何年も後だ。共和国で一番新しいものは……そうだな……連盟政府でいうところ五年くらい前のものだ。リナのものを除いてな」
「つまり、ユリナ一人しか見られないということか?」
黙ったまま頷いた。
「連盟側の人間は情報に疎い。我々エルフを魔物と同一視している者ばかりで、いもしない魔王を憎んでいる。そこへ突然敵の大将が実は人間で和平に積極的だとか言われても一笑に付されるだけだ。実際に誰も反応はしていないそうだ。影響は皆無に等しい。今は掲示板の中身を気にするよりも、リナの件と銃について、それから君とマリークの動向を漏洩した者をあぶりだすのが先決だ」
シロークはコーヒーを置くとブラインドを上げた。差し込む日光に目を細め、外を歩く人を見ている。
「内通者、か。いい気分ではないな、、、わからない以上全員が容疑者だ」
「内通者なのか?内通して情報を外に漏らすにしては和平派に都合のいい状況に向っているような気もするけど。そうでなければよっぽどやり方がへたくそなのか」
「確かにそうだな。疑うようで悪いんだが、掲示板を使える者は誰がいる?」
「わかっているだけでレア、カミュ、オージー、ユリナ……。俺のチームはほとんどか。残念なことに誰もそれらしいアリバイがない。レアがやるのは得策とは思えない。カミュは性格的にやらない。オージーはエルフの言葉の勉強中で、それどころではなさそうだ。……と、まぁ今のところ人柄でしか判断ができない」
それを聞くと振り返り、困ったように微笑んだ。
「君は仲間を信用しているようだね。仲間の犯行でないとしたら、その後ろにいるものはどうだろうか?例えば、カミーユのヴィトー金融協会が秘密裏にリークした可能性はどうだろうか?揚げ足取りのようだが、政府には黙っておく、という条件は破られていない。もしくはレアのトバイアス・ザカライア商会か」
「今回の計画はレア個人の要素が強いから商会はまだしも、ヴィトーの方は可能性がある……。仲間だから否定したくて必死で理由を探したけど見つからない。信用とかいう、一番信用できないアリバイしかない……」
お互いにため息をついた。ブラインドを下げると日光が遮られ、部屋が暗くなった。
「真相は闇の中、か。このことは他言無用だ。もちろん、マリークにもジューリアにも、君の赤髪の恋人にもだ。君がククーシュカの看病を受けている間、とても嫉妬していたぞ。ははは」
「違うって。仲がいいだけ」
そう言うとシロークは首を前に突き出してのぞき込んできた。その顔は驚いたように眉を寄せて目を開いていた。
「はぁー……、君と言う奴は……。腹が立つな……」
と言って後頭部を掻きむしった。
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