秋霖止まず 第四十五話
ルカス大統領は共和国金融省長官選挙で私たちがしたことを知っているようだ。
魔石を高騰させて闇マーケットを活性化させ、そこで連盟政府から密輸した魔石を高額で売りさばき、マネーロンダリングも出来ないようなそのカネであちらの有権者たちを買収し泡沫候補から抜け出した。結果的に、他候補者の辞退や帝政思想の関連で他候補がいなくなり、シロークさんが長官に当選した。贈収賄が全く関係ないとはいいきれないが、あまり目立つことは無かった。
イズミさんはこの件に関して私と話そうともしなかったし、私も言うべきではないと思っていた。手垢も落とすほどに掌に染みついた紙幣のインクの匂いは、どれほど臭ってもお互いに触れてはいけないタブーのようになっていた。
それをルカス大統領に話しているとは思えない。ユリナ長官が話したのだろう。
執務室がノックされると「大統領、よろしいでしょうか」とドアの外から声がした。
ルカス大統領が「構わん。入れ」と言うと、部屋の隅にいたマフレナがドアを開けた。
書類を持ったスーツの補佐官が「失礼致します」と入ってくると「候補の顔写真が手に入りました。メディア各社の独自調査の結果も合わせてお伝えします」と言った。
「そんなモノ、いずれ分かるだろうに。なんでわざわざ知らせに来たのだ?」
「ええ、それが妙な話がありまして、大至急お耳に挟んでおいた方が良いと考えました。それから、アニエス陛下。陛下にも至急確認していただきたいと思い、ちょうど今大統領と面談中とのことで伺いました」
「妙な話? とりあえず見せてくれ」
ルカス大統領が執務机越しに手を伸ばし、書類を催促した。
補佐官が書類を開けて中から写真を二枚取り出して、ルカス大統領に手渡した。
写真を見たルカス大統領は眉間と眼瞼がピクリと動いた。
「これはどういうことだ?」と補佐官に尋ねながら写真を私に手渡してきた。
男と女の写真だ。男はルジャンドル候補で女はギヌメール候補だ。
手渡された写真を見て私は驚愕した。
ルジャンドル候補は、髭を生やした初老の男だ。顔は四角く、身体は写っていなくとも身長は二ヤードもありそうな大男だと分かる。
ギヌメール候補はキツネ目で顎が尖り、化粧の濃い女だ。写真からでも化粧品の臭いと粉っぽく喉の奥に貼り付くような感覚が脳裏を過る。
この二人には見覚えがある、否、忘れられるものか。それらはどう見ても男はルクヴルール軍事顧問であり、女はギヴァルシュ政治顧問なのだ。




