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血潮伝う金床の星 第三十三話

 事件から数日経った日の正午過ぎのことだ。怪我からの復帰後初めての四省長議にユリナの部下として参加していた。ぐるぐるの包帯で左肩を釣った状態で評議会議事堂の長議室に入ると、すでに来ていた他の各省長官は口をへの字に曲げて何とも言えないような顔をして俺を見た。

 新聞の記事によると過労で倒れたというギルベールはその会議に参加しておらず、カストは別件で仕事中だそうだ。そのときアルゼンの後ろにいたのはシロークと空の椅子だけだった。


 長議は相変わらずのペースで始まった。早速マゼルソンに「今日はお姫様がミイラをお連れなすった」と言われると、進行当番だったユリナは発言にキレて資料を机にたたきつけた。それからもユリナは暴言混じりの進行をしたり、喧嘩がおっぱじまるとアルゼンがひぃひぃ笑い出したり、メレデントは腕を組みながら険しい顔をしたりといつも通りに進み、いつも通りに終わった。しかし、その裏で困ったことが起きていた。


 四省長議が行われることを知っていてあえてその日を狙ったかのように、とある強硬派支持団体が同じ建物の多目的ホール内で、タブロイド紙であるザ・メレデントまでも含めた全メディアを集めて記者会見を開いたのだ。

 その会見の中で、襲撃事件は、軍の横暴な魔石大量買収による日ごとの価格上昇と販売量地域格差に反発した魔石の販売カルテルが銃生産拡大を止めさせるために起こしたテロであり、和平派の愚行によって引き起こされた、と団体が主張したのだ。


 だが、会見の内容は具体性に乏しく、市民の関心が高い話題を用いてただ和平派を貶めることだけを目的としているのが見え見えだったようだ。それぞれのメディアの代表者が質問をした際にも、歯切れの悪い回答をした後、最後はやはり和平派が悪い、というまとめ方ばかりしていたらしい。話題性だけは大きく群衆も黒くなるほど集め、始まる前こそは色めき立っていたが、各メディアも通り一遍の回答にうんざりしてしまったようだ。


 そして、さらに残念なことに声明の中身は嘘なのだ。


 市場に流通している魔石の価格は確かに一時的に上がった。しかし、価格上昇前後での流通している量自体はまるで変っていない。なぜなら、魔法射出式銃の増産に当てられた魔石はすべてカミュとレアが連盟政府側から手配したものだからだ。


 実際に起こった価格高騰は、銃増産による品薄を見込んで儲けようとしたカルテル側の思惑によって引き起こされたものなのだ。それを利用し俺たちは巨額の選挙活動資金を得た。だが、いつまでたっても流通量は変わらず、価格の上昇も一時的ですぐ頭打ちになっていたので、彼らがだいぶ不満を持ったのは事実だろう。

 しかし、”双子座の金床計画”ではカルテルから完全に独立したダミー会社を使い軍工場のみとやり取りをしていたので情報は洩れず、その会社もすでに解体され書類も残っていない。カルテルが向けるべき怒りの矛先はすでにこの世界には存在していないのだ。腹いせに和平派へ襲撃をかけるのは筋違いもいいところで、和平派襲撃つまり強硬派と世間にレッテルを貼られてしまう。どちらにも顔を利かせたいカルテルからすればそれは死活問題なのだ。


 団体は会見が終わるタイミングさえも長議終了時刻にぴったりと合わせるようにしていたため、正面玄関はくたびれた記者たちと面白半分の野次馬とそれぞれの派閥の活動家と集めるだけ集めた群衆でごった返していたので裏口から出ることになった。


 声明発表後と長議終了後、アルゼン金融省長官は俺とユリナの乗る車に同乗して軍部省を訪れた。市場流通量に影響出さず魔石を確保したユリナの手腕を、わざわざ彼女のオフィスに顔を出してまでべた褒めにしていた。「下品なだけの女ではないのだな。金や玉を操るのも上手なのかい? 銃の出し入れが捗りますなぁ!」と言うと「あんたの優秀な部下の極太ハンドル握ってるからだぜ。挿れていいのはシロークだけだ! アルゼンの旦那ァ!」と二人で爆笑していた。実はこの二人は下品なことを言えるほどには仲がいいのではないだろうか。そして、申し訳ないが若干引いた。


 だが、アルゼン現職金融省長官がこれに気をよくしてくれれば、評議会選挙での金融省評議員の票獲得につながる。病気での早期辞任とはいえ、やはり彼はそこのトップであることに違いはないのだ。

 それから話し合いが終わると、アルゼンを病院まで送っていった。



 強硬派支持団体の声明発表以降、メディアの態度にはそれぞれに差が出始めた。


 ルーア・デイリー紙は強硬派支持団体の会見内容はおろか、襲撃事件についての一切を報道しなくなった。彼らとしては大々的に報道したいだろうが、声明を発表した団体のある種の暴挙のような信ぴょう性を欠いた内容に疑問を持ち、そして何よりも報道した際のカルテルによる報復を恐れたのだろう。


 一方、スピーク・レポブリカ紙は会見内容を大々的に報道した。大見出しは『断末魔の強硬派。存在しないカルテルでっち上げ』となり、『強硬派支持団体の主張する魔石のカルテルなどはこの国には存在しない。生活の基盤を支える産業を悪とせしめんとする愚行』と会見内容を徹底的に批判した。


 もちろんだが、それは存在する。彼らもジャーナリズム精神を主張するなら知らないということはまずあり得ないのだ。スピーク・レポブリカ紙はジャーナリズムよりも自らの保身を図ったのだ。情けなく聞こえるが、今回ばかりはそれにあやかることになるだろう。


 そして、それにとどまらず、銃による犯罪が起きたせいで銃に対する警戒心が強まり、増産へかなりの反発が起きると予想されていた世論まで我々に傾けてくれたのだ。


『マゼルソン法律省長官の正しき判断。市中警備隊への魔法射出式銃は犯罪抑止力となるか』という、保守派閥がまるで和平派を支持しているような表題の記事には、事件翌日の屋敷前での会見の際にシロークが発表しなかったはずの銃弾の形状や銃の種類など核心に触れる内容が事細かに書かれており、強硬派と言う言葉こそ使うことはなかったが、彼らの犯行をにおわせる様なものとなっていた。


 誰がリークしたのかはわからないが、その記事のおかげで市民の間での治安悪化懸念が広がり、市民も市中警備隊の魔法射出式銃配備に賛同し始めたのだ。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘、お待ちしております。

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