秋霖止まず 第三十八話
何事かと首を回して尋ねようとした瞬間、ガラスがぱんと弾けるような音が二回聞こえた。
「陛下、伏せて!」と音に遅れてマフレナがそう怒鳴ったのだ。
顔を辛うじて動かすと、もう一人のメイドさんが壁伝いに素早く窓際まで移動して紐を引き、ロールカーテンを一斉に閉め始めた。
全てのカーテンが閉じられると「クリア!」とメイドさんがマフレナに合図を送った。するとマフレナは辺りを警戒しながら私から離れた。
外からの光は遮られ部屋は暗くなり、カーテンの僅かな隙間からの雷の光だけが線状に部屋の中を照らした。それを目で追っていくと、誰かが倒れているのが見えた。それは市長だったのだ。
誰が横たわっているのかが分かった瞬間、濃い鉄の匂いが鼻の奥を突いた。暗くてはっきりとは見えないが、市長が撃たれたようだ。
私は杖を持ち上げて照明を点け、市長の側に駆け寄った。彼は仰向けになりもぞもぞと動いていた。まだ生きている。左耳と右脇腹を打たれているようだ。右脇腹の方が出血量が多い。おそらく肝臓を撃ち抜かれてしまったようだ。
止血しようと治癒魔法を唱えた。
「誰か人を呼んできなさい!」と指示を出すと、メイドさん二人は顔を見合わせて同時に頷き、マフレナが人を呼びに部屋から駆け足で出て行った。
市長はガタガタと震えながら、血塗れの手で私の杖と手を握ってきた。
「わ、私はもうだめだ」
「大丈夫! 私が今止血しています!」
「すまない。すまない」と市長は何を思ったのか突然謝罪を繰り返し口にし始めたのだ。
「わ、君は我がマルタン市民を守ってくれたというのに。自分の物を盗られたことへの怒りに我を忘れ、誰かを責めずにはいられなかったのだ。君が賊から奪い返してくれたという事実を無視して感情をぶつけてしまった。無礼で、すまない」
先ほどの高圧的な態度とは打って変わり、恐怖と痛みに瞳を震えさせている。まともに話す機会も無かったので、思うところが貯まりに貯まってあのような態度を取ったのだろう。
「落ち着いてください。あなたは大丈夫ですよ。私が今止血していますから」
「マ、マルタンを、たの、頼む。商会も協会も、ヤツらは皆、お、恐ろしい。気をつけろ」
ほとんど喘鳴でしかないようにかすれた声でそう言った。
「分かりました。大丈夫。マルタンは責任を持ってお守り致します。だから、気をしっかり持ってください」




