秋霖止まず 第三十六話
私もそろそろ大統領府へと向かわなければいけない時間だった。随分と自由な行動だが、さすがに大統領本人よりも後に顔を出すわけにはいかない。
とはいえ、私は移動魔法で一瞬だ。急がなければいけない時間というわけではなくい、いつも出ている時間を少しばかり過ぎている程度になっただけなのだ。
大統領よりも早くブエナフエンテの家を出て大統領府に到着するので、だいぶ早く着く。
マフレナと他のもう一人のメイドさんを連れてポータルを開き、いつも通りに大統領府の吹き抜けのロビーへと出た。受付の茶色い髪の女性が顔を上げてちらりと私を見ると、小さく会釈をして再び机に顔を落として作業を続けた。
最初の何回かはポータルを開く度に怪訝な顔で見つめられていたが、受付も慣れた様子の対応だった。
いつも通りだったが、そのとき私は何故か彼女と話をしたくなったので、「今日は雨ですね」と声をかけた。
突然話しかけられた彼女は顔を再び上げると驚いたようになった。しばらく目を開いたまま私を見つめた後、笑顔になると「ユニオンの秋は雨の季節ですからね。このところ、降り続いていますね」と窓の外の方へ視線をやった。先ほどよりも雨脚が強まったようだ。窓ガラスに打ち付ける粒は大きく重く、マーブルを弾くような音を立てていくつもの筋になってガラスを這い落ちている。
普段は大統領執務室で会議が行われるが、今日はマルタン市長やミラモンテス氏との面会が予定されているので待機場所が変更になっていた。
それをすっかり忘れていて、私は何も考えずいつもと変わらないように執務室のドアをノックの後に開けた。
左側に並ぶ窓から灰色の空が見えていた。カーテンは、ルカス大統領が柄が気に入らないし、足元に埃が溜まるのが嫌だと言ったのでレースカーテンからロールカーテンに代えられており、その全ては開けられて梁のすぐ下で丸くきっちりとまとまっていた。
天気も悪いのだから閉めてもいいのではないだろうかと思い、窓辺に近づいたときだ。背後から咳き込む声が聞こえた。
誰もいないと思っていたので驚いてそちらを振り向くと、マルタンの市長がソファに腰掛けて私を睨みつけてきていた。
マルタンの市長と対面するのは初めてだ。市長はユニオン独立以前のマルタン領の元領主だ。亡命政府がマルタンを占拠していたときは市長は避難していたので市庁舎でも会うことはなかった。
初めてであるはずなのだが、まるで親の敵でも見るような眼差しを向けられている。
だが、何だこの野郎感じ悪いな、とは言えないのだ。私はそのマルタンを占拠していた亡命政府の頂点なのだから。




