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秋霖止まず 第三十五話

「勘弁してくれ! 整備はいつもしているのだろう!」


陰鬱でよく降る秋口の雨の音に混じってルカス大統領の大きな声が聞こえたので窓の方を見ると、ブエナフエンテ邸宅の敷地内にあるガレージで使用人に怒っていた。

昨日は雨の季節には珍しく晴れていたが、今日は引く黒い雲が垂れ込め鬱屈とした天気だった。

あいにくのこの天気で皆も朝食を終えた後のこの時間なら、既に車は玄関前の庇の下まで来て、大統領を迎えに来ている頃のはずだ。

怒られている使用人は車のボンネットを開けて前屈みになり中で何かを弄っている。彼が身体を起こすと、シャツの腕を肘の上までまくりあげて腕や頬に機械油を付けて真っ黒になっているのが見えた。工具を持ったままの腕で額の汗を拭うと、額まで黒くなった。

窓を開けるとまだむあむあと暑く湿った空気が吹き込んできた。

壁に立てかけられていた傘を持ち上げてガレージの方まで向かい、「どうかなさいましたか?」と声をかけるとルカス大統領は渋い顔をして私の方を見てきた。

彼はふぅっとため息をすると「困ったものだ。車の調子が悪くエンジンがかからないそうなのだ」と再び車の方を見た。


すると、車の下からするりと別の使用人が現れ、


「内部を見ましたが、燃料の配管が割れていて、炎熱系の魔石に繋がる点火装置が焼き切れています。燃料漏れはないのですが、これではちょっと動かすのは厳しいかもしれません」


と青い顔をしていた。

ルカス大統領はそれにますます顔をしかめた。


「古い車ではないのだがな。ガソリン車の方が加速が付くのが早くもっさりとした感じはないから気に入っていたが、少しでも金をかけてブルゼニウム内燃に換装しておくべきだった。あれはちょっとやそっとじゃあ壊れんからな」


「お時間は大丈夫なのですか?」


ちらりと腕時計を見ると「まだ間に合いそうだが、ギリギリだな」と肩をすくめた。


「もう少し試してダメなら他の車で向かう。これが一応大統領専用車となっていて、保安上の理由で他のに乗るわけにはいかないのだよ」


「それなら私の移動魔法でお送り致しましょうか?」


「ありがたいのだが、それは出来ないのだよ。メディアが見ている前でなら堂々と使えるのだが、見ていないところで移動魔法による移動は行動記録に矛盾が出る。あなたは特別だが、私はそうもいかないのだよ。彼らの動向記録に矛盾が出ると何かと話題にしたがるからな。ああ、あなたは先に行っていて待機していてくれ」


分かりました、と頷いて一度邸宅の中へ戻ろうとすると「アニエスさん、あ、いえ、陛下!」と呼びかけられた。声の方へ振り向くと車の下から出てきた使用人が私に駆け寄ってきた。そして、「大統領をお願いします」とだけ言うと、再び車の下へと潜り、修理に取りかかった。

何をお願いされたのか分からず、ただ何となくその場の流れでハイと返事をしてしまった。だが、特に気にもとめずすぐに忘れてしまった。



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