秋霖止まず 第三十四話
イルジナが丁度コーヒーを注ぎ終えた。
「その充実した福利厚生を受けられるようになるのだ。悪くない話だと思うが、どうかね?」
ルカス大統領は間を開けてそう尋ねた。そろそろ気がついてきたのだが、この人のスカウトは見境と容赦が無い。
「ルカス大統領、申し出ありがとうございます」とイルジナは一歩下がり頭を下げた。
「ですが、私たちは陛下のメイドでございます。ヘマ・シルベストレ氏の家には貸し出しとなっています。ここで大統領の申し出を受けてしまうと二重契約となってしまいますので、出来かねますね。それに、ヘマ様もウリヤ様も優しいお方ですが、美食家でオシャレが大好きなので二人とも何かと手がかかるです。お陰様で私たちメイドもメンズも毎日大忙しですよ。ブエナフエンテの家の使用人は現行の福利厚生で満足しているようですよ。尤も、税金対策は他でしたほうがよろしいかと」
そして、何か思うところがあるように皮肉っぽく口角を上げた。
だが、ルカス大統領は表情なく、「……そうか。残念だ。契約が切れたときはいつでも訪ねてくるといい」と言ってコーヒーカップの波打つ水面に視線を落とした。
それから大統領府に赴くと会議はすぐに催された。
会議ではまずマルタンでの避難命令について議論された。私が命令を出したことが大統領の口から言われたが、非難が飛び交った。そこへイルジナとマフレナがメイドコミュニティでの情報を述べると民議会は黙った。
それに引き続いて、ミラモンテス氏と現マルタン市長の件が話題に上ると、民議会のマルタンやその周辺地域の代表者が「すぐに逮捕すべき」と声を荒げた。経済圏をその一帯に置く彼らにすれば談合によって一部が有利な状況となっているのは不愉快なのだ。
現在進行中の事業は継続となる予定となったが、全ての事業は白紙に戻され入札が再開されることになった。
現市長は国防上の観点から責任追及はされなかったが、権限は大幅に削減された。その代わりにマルタンで大統領府や民議会の権限を大幅に増やすことになった。




