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血潮伝う金床の星 第三十二話

 襲撃から一夜明けた朝は早く、朝焼けの中の太陽よりも先に外は騒がしくなった。

 騒々しさに目を開けると、薄暗い部屋の中で俺を覗き込んでいたククーシュカと目が合った。外で何が起きているのか、寝ぼけていても大方予想はついていたが彼女に尋ねると、見たほうが早いと言われ立ち上がろうとした。しかし、まだ歩くとふらつくので、彼女に車いすを押してもらい二階の部屋の窓から見下ろした。


 喧噪の原因は、やはりギンスブルグ邸正門前に殺到していた報道陣の音だったのだ。

 しばらくして門が開かれると、記者たちは玄関前に立つユリナとシロークの元へと我先に押し掛けた。二人と報道陣の間に女中部隊員が立ちはだかり、荒れ狂う記者たちを抑えている。

 そのざわめきが収まるとシロークが話を始めた。どうやら事件の一連の流れを説明しているようだ。窓を開けると声がはっきり聞こえたので、外からは見えない角度で話し声に聞き耳を立てた。説明は状況と被害だけにとどまり、使用された銃の種類や回収された銃弾については発表していなかった。


 一通りの説明の後の質疑応答も終わると、いつも通り何匹もの鳩が筋を震わせる音を立てて飛んでいった。



 それからいつもより遅く出た朝刊では、スピーク・レポブリカ紙は襲撃を受けた場所・時間帯などを記事にしていて、その一方でルーア・デイリー紙は襲撃を受けたことよりも、それを受けた俺のことを記事にしていた。ユリナの愛人だとか、シロークのアレだとか、帝政時代の残渣だとか、根も葉もないことしか書かれていない。タブロイド紙顔負けに下世話な内容で、イメージダウンを狙っているようだ。

 一番困るであろう、人間である可能性については書かれていないのでどうでもいいだろう。決していい気分ではないが。保守派セコンド・セントラルは相変わらず業界新聞で、タブロイド紙のザ・メレデントに至っては朝刊がない。



 数日の間、ギンスブルグ邸正門前は毎朝騒がしくなった。しかし、特に説明することもないので門は開かれることはなかった。ウィンストンが運転する車は、出入りをするたびにそこへ記者たちを群がらせ、まるで葬式のときようにクラクションを鳴らし続けて徐行しながら群れを通り抜けている。

 メディアは毎日似たようなことばかり伝えていて、捜査に進展がないことにいら立ちを覚えているのか、過激な内容を繰り広げるようになった。そのほとんどが憶測で、根も葉もないようなことばかりだった。


 だが、そんな中にも気になる記事もいくつかあった。襲撃翌々日のルーア・デイリー紙の記事で、強硬派の候補者であるギルベールが病院に運ばれた、と言うものがあった。市民一人一人に草の根の運動をし過ぎた結果の過労による一時的なものとして、選挙や今後の活動に影響は一切出ないという見解をしめしていた。

 おそらく、彼の性格的に日々押し寄せるメディアスクラムに疲れてしまったのだろう。市民投票すら行われていないこの時期に退場になってしまっては支持者もお冠だろう。ギルベール本人がどのような状態になっているのかはわからないが、表に出す情報はそうなるのは必然だ。市民投票も終わってしまえば彼も少しは楽になる。ライバル候補者ながら健闘を祈った。



 療養中はずっとククーシュカが傍にいた。包帯を変えてくれたり、床ずれを起きないように動かしてくれたり、何かといろいろと世話をしてくれた。食事も自分で食べられると言っても食べさせようとしてきた。根負けして、あーん、とやられているところをユリナに見つかり、邪悪な笑みを浮かべられたこともあった。顔中にしわを寄せて何か弱みを握ったかのようなあの顔は忘れられない。それ以降は一人で食べるようにした。


 いつかと同じように驚異的な回復力を見せたらしく、四日目には部屋の中を歩けるようになった。その次の日には、左肩は固定をしたままではあるが、少しではあるが外へと出歩くことが可能になった。晴れて隔離治療状態は解除されたのだ。


 部屋への立ち入りが解禁されるなりまずマリークが部屋に来て、ベッドの上で飛び跳ねたり、部屋中走り回ったりと大騒ぎしていった。ジューリアさんの話では、俺に会えるようになったことでだいぶ興奮しているようだ。この間の襲撃が彼の心に傷だけを残してしまったのではないか心配もあったが、それは思い過ごしだったようだ。


 それから、騒ぎ過ぎたマリークがジューリアさんに連行され部屋を去っていったのを見計らって、次にはアニエスが訪れた。彼女は入ってくるなり飛び込むかのように抱きついてきた。抱きつかれるのはまだ痛かったが、少し我慢して受け止め、背中に手を回そうとした。

 しかし、傷に響くからと、ククーシュカに少し乱暴に引きはがされてしまった。それにアニエスは少しムッとしていたようだ。そして、傷の消毒と包帯の交換は今後私がすると言い出した。ちょうど交換の時間だったので実際にやることになったのだが、傷を見た瞬間に青ざめて手が止まってしまった。無理はしないでと言ってククーシュカに引き続き頼むことにした。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘、お待ちしております。

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