血潮伝う金床の星 第三十一話
「俺の体に入ってたやつか……。いい気分じゃないな。でも見せてくれ」
頷いた俺を見るとシロークは銀の膿盆を持ち上げてこちらに近づいてきた。のぞき込むとそこには三センチほどの紡錘形の金属の塊が置いてある。溝に黒くなった血の塊が詰まり全体的に赤黒くくすんでいるそれの見た目は、普通の銃弾(実物は初めて見るのだが)とは変わらない。後ろの方が黄緑色をした部分がある。
「これがどうかしたのか?」
シロークは首を傾け、肩を小さく上げた。そして、
「君は共和国にある銃をどれくらい知っているか?」と尋ねて来た。
「魔法……射出式? 何種類かあるのは知ってる。ほとんど知らないと思ってくれ」
そうか、と言うとシロークは膿盆をベッドの脇に置いた。そして「まず、銃の説明からだな。簡単にだが」と解説を始めた。
流通している銃の基礎構造は魔法射出式、魔力射出式、魔力雷管式の三種類がある。
そのうち、魔法だけを打ち出す銃が魔法射出式だ。ジューリアさんの持っているものや市中警備隊に配備されるものはそれで、三種類のうちで一番威力の弱いものだ。
残りの二種類は実弾を発射する銃である。魔力射出式は魔力のみを用いて弾丸を飛ばす。魔力雷管式は火薬の着火を魔力で行う。威力は並べた順で強くなっていく。それぞれに薬莢のあるなしとか、音の大小とか、メリット、デメリットはあるが、彼は長くなりそうだと言ってその説明は控えた。
結論から言うと、俺を撃った銃は魔力射出式ということだ。
肩に着弾し、肩甲骨を貫けず停留した銃弾には、使用した銃の種類が一目でわかるような特殊な加工が施されているらしい。その銃は、バレル内を限りなく密封し魔力を外部に漏らさずエネルギーにするために、後部被甲が魔力伝導率の低い特殊合金で覆われた弾丸を用いる。その特殊合金は黄緑色をしていて非常に重く、弾丸の速度をあまり上げられないので威力はそこまで高くないそうだ。肩甲骨を貫通しなかったのも威力が高くないからだ。
そして、撃たれてから痺れるような感覚があったことについてだ。魔力射出式銃は発射に使用した魔石の効果が弾丸に移るらしい。それを利用して被弾者の麻痺効果を狙うために雷鳴系の魔石を使うことが多いそうだ。魔力雷管式で発射された弾を被弾すると、被弾部分一帯が真っ赤になった火箸を刺されたように熱く感じるらしい。
しかし、先ほどの襲撃の際に撃たれた直後熱感よりもしびれがあった。それは弾丸に残留した雷鳴系魔法によるものだそうだ。中途半端な威力と魔力で、死者よりも負傷者を出すことを目的として作られたのだろう。戦場において味方の死体は戦意を高揚させるが、怪我人は戦意を下げてしまうのは有名な話だ。そして、それを作っているのは共和国内に一社しかない。
「まさかとは思うが」
「そのまさかだ。カールニーク社だけだ。知っての通り、強硬派で有名だ。リナが契約を打ち切るほどにな」
長い話になったが、その結論からさらに何を導き出せるのかと言うと、襲撃事件は強硬派の犯行ではないのか、ということだ。
「強硬派企業製品が使われたから、強硬派の犯行と決めるのは早計じゃないか?」
「怪我を負わされた割に冷静な判断をするな。確かに可能性だけで拘束しては帝政の二の舞になる。しかし、証拠となりうるものもある。ユリナと君のいた世界と同じようにすべての銃は登録されている。それは軍部省の管轄で、ユリナはそれを調べることは簡単だ。契約を打ち切られて以降製造量も減り、現時点で登録されている魔力射出式銃は多くない。それを調べ上げた結果、所持者はすべて強硬派の者だった」
「盗品による可能性は?」
「安くはないが誰でも買える銃は厳しく、杞憂とも思えるほど厄介な法の下にある。毎日定時に所在の確認をすることと週一回以上のメンテナンスが義務づけられていて、盗難発覚後二日以内に被害の届け出をしないとそれも犯罪になる。襲撃時からさかのぼって、この数か月間平和なことに盗難の届け出はない。盗難品で誤魔化すなら、捜査をする時間もないほどの犯行直前に出しておいてもおかしくない。おそらくだが、銃の知識のない素人の犯行のようだ。趣味で持つ者もいるからな。君たちの襲撃も、屋根の上から狙ったほうが確実なはずだが、そうしなかったことを考えると訓練されていないことがうかがえる。それにある程度知識があれば、暗殺するのに一社しか作っていない銃を使い、さらに無様に弾を残すようなへまはしないはずだ。まさか銃弾からあぶりだされると考えもしない連中の仕業だろう」
話し終わると同時に部屋のドアがノックされてジューリアさんが「旦那様、連絡が入っております」とシロークを呼び出した。
「わかった。すぐ行く。イズミ君、辛いと思うが頑張ってくれ」
右手を挙げて部屋から出て行った。そして、入れ替わる様にしてククーシュカが入ってきた。
それから食事が運ばれてきたのだが、バゲットにレバーペースト、緑黄色野菜の入ったカキのクリームシチューと、飲み物には緑色のジュース(たぶんケール)とこれ見よがしに血の気の多くなりそうなものばかりだった。足りないのでありがたいが、どこかの水兵にでもする気なのだろうか。幸いなことに食欲はあったので、右手も使えないふりをして食べさせてもらった。
夕食後に新聞を取り寄せてもらい、食べ過ぎて胸やけのベッドで読んでいた。夕刊では襲撃事件について各メディアが一斉に伝えている。スピーク・レポブリカ紙は和平派候補の側近への襲撃とマリークの誘拐の可能性について報じていて、ルーア・デイリー紙は襲撃により市民の平和が脅かされたので和平派は出馬取り下げを検討しているべきだと報じている。いつものように紛らわしい書き方で。
セコンド・セントラル紙は襲撃のことについては隅っこに小さく書いていた。しかし、世相を反映したのか、銃に関する記事は珍しく一つもなかった。
そして、ザ・メレデント紙はいつもの調子だ。イラストだが度し難いほどセクシーな銀髪のダークエルフの広告のせいでまた肩が痛くなった。少ない血液をあまり巡らせないでほしい。
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