秋霖止まず 第二十話
だが、まだ私の中にいる素人の私が、それを認めようとせず腹の底で国家は利益の為に一市民の命を軽視していると言う思い込みにも等しい怒りの炎を煽ってくる。陰謀論など存在しない。陰謀論は被害妄想の生み出した国家の幻想だ。
やり場の無い怒りで口の奥でキリキリと音がする。奥歯を噛みしめてしまった。
「まだ決定はしていない。だが、私個人の気持ちは、あなたが個人的に抱く感情と近く、彼には生きて欲しいという願いがあるのだよ。
共和国と交渉しなければいけないことは彼についてだけではない。それはつまり譲歩を引き出す点はいくらでもあるということだ。ユニオンの外務部門は未だ衰えぬ過去から培われてきた海運力のおかげで非常に優秀だ。たとい相手があの強大なルーア共和国であろうとも、遅れはとっていないと言う自信はある。舐めてもらっては困るからな。ご理解いただけたかな?」
私は硬い頸部を無理矢理折り曲げて頷いた。ここは頷くしか無いのだ。聞き分けの無い子どものように首を左右に素早く振ったところで、何も変わらない。
会議室は誰も立っていない。私一人を除いて。
ふと気がつけば、いつまでもいきり立っているのは自分だけだった。静かに椅子に腰掛けた。
「出来る限りあなたを不安にするような情報を伝えることなく、移動魔法という脅威の均衡を取るために共和国でリハビリに専念することになった、という事後報告ですませたかったのだ。今にして思えば、無責任だと自分でも思う。黙っていたことは大変申し訳ない。だが、イズミ君は助かる。いいや、助ける。ユニオンの大統領の手腕と外務部門のプライドにかけて、だ。信じたまえ」
私がこれ以上何かを言うのは無意味だ。私にはルカス大統領を信じることしか出来ないのだ。
だが、大統領が言ったとおりに、彼の顔には自信があった。信じるという以外に選択肢がないのではなく、ただ信じたいのだ。
イズミさんについての議題はそれで終わった。それから会議は恙なく進んでいった。
議会全体の肩の荷が下りたような、そんな雰囲気があった。イズミさんのことは誰しもが気にかけていたのだろう。
気にしているのは、形は色々あれど、私一人では無かったという事実に安堵と恥ずかしさも覚えていた。




