秋霖止まず 第十九話
「言い方はあなたの気分を害するものでしかないが、共和国とユニオンは事実上、帝政思想の押し付け合いをしている状態なのだ。
我々はマルタンの二の舞を演じないように帝政思想を追い出してしまいたい。一方、共和国は帝政思想を徹底的に排除した。再び帝政思想を国になど入れたいものかと頑なのだ。それはよく知っているだろう。
これまで共和国はあなたについては黙りだった。マルタン事変解決への協力を仰いだが故に、こちらからは強くでることが出来ない。
しかし、イズミ君の容態が思わしくなく、共和国で高度な治療が必要となるや、あなたの話を持ち出してきたのだ。イズミ君には高度な治療を約束するが、その条件として、ユニオンでのルーア皇帝の勾留期間を年単位で延長することを突きつけてきたのだ」
「あなた方政治家は、命を何だと思っているんですか?」
またしても腹が立った。今度はやり場の無い怒りがこみ上げてきた。
声を荒げてしまいそうになり抑え込んだが、語気は強くなってしまった。
ルカス大統領は私のその足が地に着いていない怒りも想定していたのか、私の問いかけに明確に答えずに淡々と話を続けた。
「私の話を聞いても尚、あなたが声を荒げたいのは理解出来る。私がまだコーヒー豆の農家だったら、私も命を政治の道具に使うなと政府に怒りを向けていただろう。だが、私は今やユニオンという、一国の大統領なのだ。守るべきは受け継いできた樹齢何百年のコーヒーの木と温かい家族だけではなくなったのだ。この背中には全国民が、この掌には未来があるのだ。振り落とすも握りつぶすも私次第なのだ。理解していただこう」
「どうするおつもりなのですか?」
「彼は脅威だ。安易に決定を下すことが出来ない。現時点で行われている交渉はイズミ君についてだけではない。こちらも共和国側から譲歩を引き出さなければいけない。二つ返事では国際社会での地位が対等ではなくなってしまう」
交渉、交渉。口を開けばその二文字。そこでやりとりされるのは、人の命、それも個ではなく数の上での命。ヒトとヒトとの間で起こる温かみなど微塵も無い。
イズミさんは脅威で、国家を揺るがす存在になり得るのは分かる。分かっているはずなのだ。温かみだけで国が守れるなら、どこも独立などしなかったはずだ。
マルタンで皇帝になってクロエに教え込まれて、それを理解しているつもりでいた。




