秋霖止まず 第十七話
イズミさんにも言われたことがあるのは分かっている。私は感情的になると抑えが効かなくなる。だが、抑えられようものか。自分の命を犠牲にしてでも私を助けようとした、私を愛してくれた人の命を気遣わずに過ごせようものか。
私が会ったところで何も変わらないかもしれない。否、何も変えることは出来ない。
相手は大統領。彼にとって、命はどれこれではなく数で見なければ、国を円滑に回していくことは出来ない。だが、それでもイズミさんは大統領になる前からの付き合いがあるはずだ。少しだけ。ほんの少しだけ、その思いやりを向けて欲しい。辛うじてでも生きているその顔を一度で良いから見せて欲しいのだ。
「落ち着きたまえ。私は彼には死なれては困るのだ。彼は移動魔法という脅威的な力を持っている。そして、今言ったとおりに彼はユニオンに戸籍を持っている。君と籍を入れる為に取得したのだよ。脅威が住民であるということはどれほど心強いか。それが分からないわけはないだろう」
「彼は、イズミさんはただの兵器だって言うのですか!?」
まさか、かつて連盟政府の一領地だった頃に企みを阻止されたことを恨んでいるのでは無いだろうか。
口ではいくらでも親しげなことは言える。ヘマさんを追い出そうとしたくらいだ。そのようなことが絶対に無いとは、言い切れない。
「兵器ではない。だが、手の内にある脅威だ。あなたは一度でも皇帝になり、国の頂点にいたのだから、それくらいは分かるだろう」
「ふざけないでください! 彼は平和の為にこれまで走り続けたって言うのに、国家の都合で生かされたり殺されたりするなんてあんまりです!」
「時代が時代なのだよ。仕方ないと言うことを理解してくれ。それに話はまだ終わっていない」
「今すぐ会わせなさい!」
やるまいとは思ったが、私はついに杖に手をかけてしまった。
ルカス大統領は首を後ろに下げた。民議会の議員達も互いに動揺した顔を見合わせてざわつき、逃げだそうと腰が浮き始めている。
動き出そうとした警備の者たちにルカス大統領が気づくと、彼らをの方をちらりと見て右手を挙げた。そして、私の方へ振り向くと「アニエス陛下、落ち着きたまえ。まだ私の話は」と言い、警備の者たちの方を再び見て、右足が前に出て取り押さえようとしている彼らの様子を覗った。
「私はここで魔法を使ってでも会いに行きますよ!?」
来るなら来い。約束が何だ。移動魔法でまず屋敷を出る。そして、病院を片っ端から当たる。それなら会えるはずだ。
汗で湿った手で滑ってしまわぬように杖の柄を強く握りしめた。
その瞬間、ルカス大統領が思いきりテーブルを叩いたのだ。紅茶の入っていたカップは大きく揺れて倒れ、転がるカップはテーブルに弧を描いた。
「いい加減にしないか! この莫迦娘が!」




