秋霖止まず 第十六話
私はどきりと心臓が強く打った。思わず立ち上がり、失礼と分かっていながらも自らの立場を顧みずにルカス大統領の発言を遮ってしまった。
ルカス大統領は自らの言葉に気づいたのか、しまったというような顔になり会議室全体を見回した。
だが、すぐに表情を戻すと、目を深くつぶり、鼻から息を長く吐き出して「致し方あるまい。遅かれ早かれ、現状を伝えることを避けて通ること出来んからな」と覚悟を決めたかのようにぼやいた後に、テーブルに両手を載せて私を真っ直ぐに見てきた。
「黙っていて申し訳ないが、今、イズミ君の状態ははっきり言ってよくない」
その言葉が聞こえてくると、僅かに速まっていた鼓動はさらに速くなり、加えて一拍一拍が大きく鼓膜を揺するようになってきた。
「どの程度、良くないのですか?」
平静を装って尋ねたつもりだったが、声は情けなく裏返り掠れてしまった。
「言ったとおり、意識が戻っていないのだよ」
一方のルカス大統領は冷静になっていた。言わずにいたという心のわだかまりが取れたのか、言葉に先ほどのような躊躇が見られない。
それが腹立たしく思えてきた。
「そんな! すぐに会わせてください!」
握りしめた掌に汗が滲むのが分かった。ルカス大統領が落ち着きを見せれば見せるほど、私の中の焦りは煽られていく。
「残念だが無理だ。君は立場をわきまえたまえ」
「人が死ぬかもしれないと言うのに、どうしてそこまでされなければいけないのですか!?」
「人が死ぬから、こそだ」
私はそれでも合わせて欲しいと繰り返そうとした。そうすれば、民議会の議員はまだしも、これまでの繋がりと人情深いルカス大統領だけなら押し切れるかもしれないからだ。
しかし、ルカス大統領はやりとりが繰り返されれやがて押し問答へ発展することを察したのか、右手を前に出して素早く振って、私を制止した。
「君は命を賭して皇帝になったのだろう? 自分一人の命で責任を負おうとしただろう? 結果的に私がそれを許さなかった。しかし、それは私の感情から来たのではないのだよ。責任を負うならこそ、生きるべきだ。この話がされるときはいつも、誰かの命ではなく特定の誰かの一人の命の話になる。だが、実際にはそこに至るまで、多くの誰かの命が失われているのだ。ユニオン兵、共和国兵、亡命政府兵、それから所属不明の部隊に至るまで分け隔て無く、様々な命が失われた。そうであるからこそ、君は生きなければいけないのだ。そこへ来て、イズミ君というたった一人のために、君の負うべき責任を帯びた立場を無視するような行動は許されないのだよ」
「じゃあ、じゃあどうすればいいのですか!? このまま死ぬのを待てって言うんですか!?」




