秋霖止まず 第十二話
シャッターが閉まるとドアを開けられて、そのまま部屋に通された。私は犯罪者と言うことなので、ブエナフエンテ一家や使用人への挨拶は無いというのは分かった。些か失礼かとも思ったが、それは皆理解しているので問題ないらしい。だが、問題はあった。滞在先として割り当てられた部屋は、市庁舎の仮王宮だった部屋よりも豪華な部屋だったのだ。
移動魔法を使える者を拘束する為には劣悪ではいけないのだろう。劣悪であればあるほど、意地になって逃げだそうとするからだ。
しかし、この部屋はどう考えても豪華すぎだ。天蓋付きのベッド、巨大なドレッサー、ノルデンヴィズのイズミさんの家と同じくらいの広さのがある空のウォークインクローゼット。
拘束中の私の生活はユニオンの税金から捻出されるのだろう。しかし、立場上、普通の部屋を代えてくれなどとは言えない。申し訳なさに押しつぶされそうになった。
時間はすでに夕刻も過ぎて久しいかった。長い一日だった。女性の使用人が三人ほどついた。またいつかのように話をしてはいけないと指示でも出されているのかと思ったが、その様子は無かった。話しかければ皆笑顔で気さくに答えてくれた。しかし、どこかマルタンにいたときのエルフ系のメイドさんたちとは雰囲気が違った。確かに様々なことをテキパキとこなしてくれているのだが、共和国のギンスブルグ家の女中のように動きの全てが完成されていて冷たさがあるのだ。
おそらく、ただの使用人ではないのだろう。マルタンのメイドさんたちのように色々な方面へと動いてはくれなさそうだった。
食事は部屋で一人で食べることになるのかと思ったが、ブエナフエンテ家の遅めの団らんに参加させられることになった。
使用人たちの手間を省かせる為と娘二人がエノレア出身であり話がしたいそうだ。
この家族は、マルタンというユニオンの一地域を一時的にでも占拠支配していた者たちの指導者である私に対して怒りを覚えていないのだろうか、と不思議に思ってしまった。団らんの場でパウラ夫人や子どもたちに罵倒されるのではないだろうかと不安だった。
しかし、いざ始まってみると和気藹々とした雰囲気で食事は進んでいった。娘二人のラウラとローサは、私がエノレアでしていた少しばかりやんちゃなことを興味深そうに聞いてきた。紅い髪を理由にいじめてきた生徒に魔法をかけ、髪を半年近く色落ちしない紅で染めて黙らせたが一週間謹慎させられた話など、色々と語り継がれているらしい。
イズミさんの話に何度か聞いたアロス・コン・コストラが振る舞われ、夫人はお酒まで勧めてきた。
罵詈雑言が飛び交う食卓になるのでは恐れていたので、名前だけとはいえ皇帝という私の立場を気にもかけないそのフレンドリーな態度に安心してしまった。だが、さすがにイズミさんは大怪我を負っているし、兵士たちも辛い思いをしているのではないかと思うと、申し訳なさが再びこみ上げてきた。
それでも食事は終わらせた。
ルカス大統領も短時間だが顔を出して食事を共にし、食べ終わるとまた大統領府へと戻っていった。
後ろめたさのある満腹感を抱えて部屋に戻ると、ベッドの上には寝間着が畳まれて丁寧におかれていた。部屋の中には誰もおらず、ドアを閉じてしまうと音が吸い込まれるように静かになった。使用人が四六時中付いているというわけでは無いようだ。
少し冷たく硬くなっていた寝間着に着替え、眠る準備をしてベッドに入った。
一人で眠るのは久しぶりだ。これまでは常に誰かが側にいた。マルタンに来る前はイズミさんが隣にいた。マルタンに来てからはウリヤちゃんが同じ部屋にいた。
エノレアから実家に戻り、自分一人しかいない自室で眠ったときのような落ち着きと肌に染みこむような孤独があった。
ベッドに倒れ込み、枕に顔を押しつけている間に、マルタンでの一日のことを思い出すまもなく眠ってしまった。
その長い一日が、やっと終わったのだ。




