秋霖止まず 第九話
自分でも瞳が揺れてしまうのが分かった。私はまたしても彼を置き去りにしてしまおうとしたのだ。
ルカス大統領はそれに反応を見せず、淡々と話を続けた。
「死は自ら選ぼうと与えられようと、責任を負った結果の事柄、つまり罰ではなく、ただの無責任な逃避行だと私は考えている。権力者はよく言う。自らの命と引き換えに私以外を全て許してくれ、と。確かに立派だ。だが、権力者がより高位になればなるほど、その者を良くも悪くも心から慕う者も多くなる。その者たちを遺すのが如何に危険か。確かに、慕う主君が自らの命を持って責任を取り処されたというのは哀れむべきことだ。だが、生み出すのは悲しみだけではない。同時に怒りも生まれる。それはもはや心情だけの問題ではなくなるのだ。怒りによって破壊的行動は肯定される。いや、破壊的行動に対するブレーキが壊れるのだ。そうなってしまえば危険分子でしかないのだよ。危険を排除するなら、一人ではなく皆殺しにしなければいけないのだ。そうなってしまえば、誰一人残らなくなるのだ」
ルカス大統領は話を止めると、指で机を二、三度叩いた。
「つまり、君は私にイズミ君までも殺せというのか? それも、確かに全てを許したと安心させて君を処刑した後に、その死出の安堵を踏みにじるような行為をしろと?」
ルカス大統領は真っ直ぐに目を見つめてきた。そのようなことをするはずもないが、それは今この瞬間においてだけだ。ルカス大統領は国を守る者であるため、今後もし国の為に反乱分子を潰さなければいけないという事態が起きたときに、大統領自身が意図せずともそのような結果をもたらすことになってしまうかもしれないのだ。
「今現在、我々ユニオン、少なくとも我々ユニオンに限った話だが、イズミ君と良好な関係を維持できていると考えている。重要書類のやりとりから私の娘の送り迎えまで、気前よく動いてくれる彼を私は気に入っている。彼に君の暗殺計画の件でだいぶ嫌な思いをさせてしまったが、それは政治的なパフォーマンスのためでしかなく、こちら側に実際にそうしてしまおうという意図がなく、彼を信じた上でというのは分かっていたはずで、そこまでの嫌悪を抱いていないと思いたい。
イズミ君は潜在的、いや、移動魔法という実際的な力に限らず彼を取り巻く人脈も考えれば、もう今や事実上の脅威的な存在だ。ただ脅威だからというだけではなく、ユニオンの席を希望するほどに我が国を気に入ってくれた彼と敵対するようなことをすると思うかね? 君が自らを皇帝だと名乗ったのなら、その身をもってして責任を取るべきだな。もちろん、その心臓の鼓動を止めること無く、だ」
「分かりました」 大きく頷いた。




