秋霖止まず 第五話
カミーユさんが開いたポータルでユニオン大統領府の敷地内へと辿り着いた。
マルタン丘陵とは異なり、ラド・デル・マルは雨が降っていなかった。しかし、肌に貼り付くような感覚があるほど湿度は高い。芝生にも草木にも滴が光り、先ほどまで肌に打ち付けるような強い雨が降っていたのだろう。
以前、アンネリさんやオージーさんと会うときや、セシリアに世界を見せるときに訪れたときに、広い敷地内を高い塀の外から覗いていた。内側に入ると、外から見えていた以上に芝生は青々と広がり、大統領府、旧カルデロン邸宅は大きなものだった。
建物に入り、階段を上り、大統領執務室のドア前へと案内された。付いてきた協会の部隊員とユニオン兵はそこへ来ると緊張しだしたのか、背筋を伸ばし始めた。
協会の部隊員が羽を広げているアホウドリのノッカーの足を掴んでノックをすると、ドアが内側から開けられた。
秘書か事務員かの女性が開けたドアをくぐり中へ入ると、事務机が所狭しと並んでいた。それぞれにはキューディラが一つか二つずつ配置され、スーツを着た男女が座り、立て続けに鳴り響くキューディラに押しつぶされるようになりながら対応していた。机はどれも書類が乱雑に置かれており、慌ただしさが目に付いた。ドアを開けてくれた女性も、机にいそいそと戻り自らの作業を再会した。
奥の立派な机にルカス・ブエナフエンテの姿が見えた。ネクタイは緩められており、腕をまくられたシャツは皺だらけになっていた。いくつも空のコーヒーカップが並んでいる。
私が部屋に来たことに気がついたのか、読んでいた書類を机に置くと、「おー、君がアニエス陛下か。陛下と言うことだから、もう少し丁寧に対応するべきだが、イズミ君の関係者だろう。肩肘を張る必要は無いな」と気さくに呼びかけてきた。
「すまんな。もう少し待ってくれ。ここに指揮所本部を置いたものだから、何分狭いうえに埃っぽくてすまない」と言うと、部屋の脇に置いてあるソファを指さした。そこで待てというのだろう。ソファは豪華な物だが、両脇の肘置きとカーペットの模様が一致しておらず、どうも置いてある位置に違和感がある。事務机を持ち込む際に移動させたのだろう。
ソファに腰掛けて待っていると、事務机の一人がキューディラの受話器を置いて立ち上がり、ルカス大統領のもとに近づいていった。そして、耳元で何かを囁いた。
大統領はそれを聞いて安堵したのか、椅子の背もたれに大きくもたれ掛かった。




