秋霖止まず 第四話
去って行く背中を見ていると、うずくまっている亡命政府軍の兵士に向かって唾を吐きかけたり何かを怒鳴り散らしてたりしている。見かねた他のユニオン兵士が彼を止めていた。
ユニオンを共に守ったというのにどうしてそこまでの仕打ちが出来ようものか。
前線に出て引き金を引く引かないというものではなく、本来の人格を疑うような言動だ。
それとも、戦争のせいで歪んでしまったのか。
あまりの行動にボンヤリと目で追ってしまっていた。
カミーユさんに「アニエスさん、申し訳ございません」と声をかけられて我に返った。
「彼はアニエスさんが元々軍人であることを知らないのです。それにこの戦いでは衛生兵として後方にいたので、前線で人を殺すことに嫌気が差すほどの狂気にまみれていないのです。敵をただ殺すべき対象としてみておらず、条件付けの過程である憎い敵だとまだ思ったままなのです」
「嫌なものですね、戦争とは。人を殺す為にはまず自分を殺さなければいけないなんて」
「そうですね。決して良いものではありませんが、私たちが兵士である以上、命令には従わなければいけないのです」
「私は亡命政府軍の兵士たちに随分気楽に攻撃せよなんて言ってしまいました」
「それを後悔してはいけませんよ。特に亡命政府軍兵士たちの前では、です。こうしているときも、彼らはあなたの一挙手一投足全てを見ていますよ。このマルタン丘陵でも戦いは、最終的にあなたの一言があったおかげで勝利を手にすることが出来たのです。それも忘れないでください。それから、あなたの立場上、一度ユニオン大統領に会っていただかなければいけません。これからすぐに大統領府に向かっていただけますか? ご自身で向かうことをお願いしてもよろしいですか? 逃げ出すようなことはないと私も信用しているので」
「分かっています。ですが、私はラド・デル・マルまでのポータルを開けないのです。移動魔法では何度かあるのですが、足で直接赴いたことはないので」
カミーユさんは、あら、と言うと驚いたようになった。
「イズミと一緒に行っていないのですか。意外ですね。ですが、仕方ありませんね。負傷者の搬送は私の方で何とか出来ます。一度大統領府へお送り致しますので、ルカス大統領に会ってください。キューディラでこちらから予め連絡を入れておきますので」
「あの、そんな簡単に事を進めて大丈夫なのですか? 私はまだ帝政ルーアの皇帝としての立場に就いています。帝位を放棄する前に兵士たちの処遇も何とかしなければいけません。今この場でもこのまま置いていくわけには行かないのですが」
「亡命政府軍兵士は人道的に捕虜として扱うことを約束致します。先ほどの彼のような兵士も少なくはないでしょう。ですが、負傷者の治療も行います。あなたが宣言されたとおり、亡命政府はもうなくなりました。今後の処遇について、あなたを含めて大統領と話し合う必要があります。幸いにも、亡命政府軍兵士たちは戦意を失っている様子があるので、大人しく連行できるでしょう。あなたの方には、事情を知る協会の部隊の者とユニオン上級兵を同行させます」
「こちらが言えた身分ではないのは分かっていますが、丁重な対応をお願い致します」




