秋霖止まず 第一話
ダムの天端ではユニオン兵や亡命政府軍兵士が慌ただしく走り回っている。
ダムよりもさらに上にある山尾根筋の方ではまだ鞭を打つような銃声がいくつも響き、時折煙が上がっている。
山間部に残っている連盟政府・商会聯合軍の残党の掃討が起きているようだ。
数は多くなかったのか、次第にそれも収まっていった。
マルタンの一連の事件は終わった。思い起こせばその事件には反乱、革命、亡命、銃撃戦、魔術戦、どれもあった。ただの一つの単語ではまとめることは出来ない。
これは後に『マルタン事変』と言われることになるとは、そのとき知りもしなかった。
ふと山とは反対側の空へ顔を上げると、頬に何かが落ちてきた。驚いて眼瞼が震えると、頬に落ちてきたそれが伝い、掌に落ちてきた。それは雨粒だったのだ。
銃声と硝煙と、魔法が飛び交う地上ばかりに目が行っており、見上げることさえ忘れていた空から雨が落ちてきたのだ。
その一滴は、ノルデンヴィズの水のような山の隙間から生まれた刺すように冷たい水ではなく、遙か南の海の上で生まれた生暖かい雨粒だ。
それでも冷たい雨粒はその場にいる者たちの熱を次々と奪っていく。
炎熱系魔法で真っ赤に熱せられた鉄に水を撒きかけ、蒸気を上げながら冷めて赤茶けた鉄に戻っていくようだった。
連盟政府・商会聯合軍を撃退し、分水嶺の向こう側である彼らの領土まで追い返すことに成功した兵士たちは皆、冷めた銃身を下ろし始めていた。
塹壕の中でユニオンの兵士は目をつぶり、薄いところからは日が差すような曇り空へ顔を向けていた。雨で顔に付いた煤や泥を拭うように手で顔を擦っている。戦いが終わったこと、その場での戦いで勝利を手にすることが出来たことを噛みしめているようだった。
その裏で、亡命政府軍の兵士たちは戦いが終わると落ち込むように首を下げたり、その場にしゃがみ込んで膝を抱えて震え出したりする者がいた。彼らのおかげでこの戦いには勝利することが出来た。しかし、彼らが信じた帝政ルーア亡命政府は事実上なくなったのだ。帝政ルーアのために戦っていたはずだったが、自分が信じたその国は連盟政府の操り人形という幻影でしかなかったことに絶望しているのだ。
雨は殺し合いで滾っていた血液の熱を奪っていくと、考えていなかったそれらの真実が彼らを追い詰め始めている。




