共和制記念病院にて 第九話
「そりゃ終わりなわきゃない」とユリナは今度は肩を強く揺すった。
「勇者、賢者、英雄、平和主義者。響きはまことにご立派だが、どれも職業じゃぁない。履歴書で書けるのは、哀れなことに備考欄ぐらいしかない。
だからビョーキだろうが何だろうが、引退なんてものは存在しない。下手すりゃ死んでも辞められない。
人々の記憶に残ってる限り、あがめ奉られ、歪められ、考えもしないような方法で都合良く解釈された挙げ句利用されるからな。だが、休息はあってもいいだろう。
英雄のくせに休んでるのか、さっさと人々を救済しろ、とか言うヤツは真っ先に死ねばいい。戦闘のドサクサに巻き込んでもいいだろ。
職業じゃなけりゃあ、ただのボランティアなんだからなぁ。気に入らないなら、メシと金と名誉の為に仕事で正義振りかざしてるヤツに頼めってなぁ、ハッ。
お前がその慈愛に満ちたボランティア活動家のどれを名乗ろうと、お前の勝手だ。私からすればどれも使いやすい立場だ。
お前がそうじゃないと否定しても、私らはそういうモンだと思ってお前を使う。これまで散々世界を引っかき回してきたんだ。今さら俺は素人だからなんて言わせねーからな。
だが、まぁ、とにかく今は休め。順調に身体が治って、代謝が進んで自分の血で回るようになって魔力を取り戻してくれればお望み通り馬車馬の如く使ってやるよ、大英雄イズミ様。
これまでとは戦いが変わったんだ。一つ一つの戦いが短期でケリが付くものじゃなくなって、互いの弾だの魔法だのを避ける為に塹壕ほじくり返して鼠と虱と伝染病と一緒にお互いの消耗待つだけの戦いになったんだ。
半年もやってたら陰惨にはなるが、たかだか半年でその戦争が終わるとは思えない」
「俺はその陰惨を止めたかったんだよ」
言い返そうと思ったが、声は震えていたし強い言葉も出てこなかった。
ユリナはまだ俺を非戦闘員だと見限っていないようだ。落ちていくばかりではなく、手を差し伸べられたような気がして少し安心してしまったのだ。
両手で顔を擦ると、ぬるりとした感覚があった。手も顔も、どちらも肌は乾燥していたが、そこへもたらされた脂汗で湿り気ではなく脂ぎっていたのだ。
その言い知れぬ気持ちの悪さに掌を見つめた。乾いて深くなっていた皺と言う皺が汗なのか脂なのかで満たされててかっている。




