共和制記念病院にて 第三話
「そうだ。お前さんは共和国で今や立派な犯罪者だからな。だが、カミュんときほどすぐには終わらないぞ。覚悟しとけ」
ユリナは長椅子に尻を落とすようにして座り足を組んだ。
「分かってる。自分のしたことくらいは分かってるはずだ。だが、その前に情報をくれ。まず今はいつで、ここは――共和制記念病院だな? アニエスは? ダムは? それから、ああ、なんだ。聞きたいことが多すぎる」
気を失っている間、それがどのくらいなのか、何がどうなったのか、少なくともマルタンでの件は終わっているはずだ。
ユリナはルーア共和国の軍部省長官であり、マルタンなど他の国のことについては、その落ち着き具合からではその後がどうなったのかは判断できない。だが、一応の落ち着きを見せていることから事態は小康状態である様な気がした。
ユリナはちっちっちっと舌を鳴らして、右手の人差し指を振った。
「残念だが、色々知っちまう前に詰問にさせてもらう。理論武装されるのを防ぐ為だ。それが共和国でのルールなんだよ」
「ふざけんな。俺がそんなに賢いヤツに見えるか?」
「お前さん自身にそんなことはないと思っても、周りに吹き込もうとするクソ野郎はごまんといるんだよ。お前さんはグラントルアのオペラ座で帝政思想に染まった市中警備隊の目の前でやらかしただろ? お前はそれでそいつらから英雄視されてる。名も知らぬ帝政思想の守護者“右手が鉄の男”ってな」
右手? 左手をちらりと見て、重たい義手の先についている指を動かした。鉄ではないが鉄とは義手のことを表しているのは分かる。だが、左右の反対は明らかな間違いだ。
左手の間違いではないのかと話を遮って尋ねようとしたが、ユリナは何も言わせまいとするかのように、尋ねようとして唇を微かに動かしていた俺を睨みつけて話を続けた。
「帝政思想はそのものは大方片付いたが、流し損なって便器にこびりついたウンコっかすに集る蠅みたいに飛び回る奴はまだクソほどいるんだよ。皇帝なんか微塵も信じてなくても、金儲けの為だけに帝政思想を利用しようとするヤツがな。お前さんはそいつらからすりゃあ良い広告塔なんだよ。それに、お前自身もこっちに来て世界を知って、それなりにキレるようになっただろ。だから、ルールにゃ従って貰う」
俺はウンコのカスようだ。それに集る輩がクソほどいる状況というのはまだ片付いていないと等しいではないか。だが、大人しくなっている今のうちが俺の目的にとって妨害にならない。
「じゃ今すぐ始めろ。のんびりなんかしてられないんだよ。俺が何の為に動いてるか知ってるだろ?」
ユリナは組んでいた足をほどき床に軽く地団駄を踏んでヒールを鳴らした。同時に首を左右に素早く振るわせながら、「だーからっ」と言った。
「安心しろって。だから、私が今ここにいるんじゃねぇかよ」
「でもシロークがいないと始められないんだろ? なんで一人で早く来たんだよ?」
「そりゃ、お前。病人の様子を伺いに来ちゃいけないのか? 今私はお前の友人としてここにいるんだよ」
大きくため息を吐き出すと、先ほど椅子に置いた書類を持ち上げて意味も無く内容を見た。
「それに、残念だが、私もさっさと終わらせたい。私ら長官にそんな悠長な時間は無くなったからな」
視線を外して明らかに含みのある話し方をした。元々忙しいが、さらに何かが起きて時間が無くなってしまったかのような言い方をしたのだ。
その含みはまるで俺に拾えとでも言っているかのようでもあった。
「ちょっと待てよ。それどういうことだ?」
たまらずに尋ね返すとユリナは舌打ちをした。あぁあぁと声を溢し「余計なこと言っちまったなぁ」と目をつぶって額を押さえた。
「ここまで言っちまったら、仕方ねぇよなぁ。こんな中途半端に放り投げといたら、お前も私が言うまで話さないとか言い出しそうだからな。そんなヤツの口が割れるのをのんびり待ってる時間はねぇ。仕方ねぇな。じゃ、今言えることは一つだけだ。覚悟して聞けよ? 簡単にまとめちまえば」
渋い顔になり耳に人差し指を突っ込んでかくような仕草を見せた。
「連盟政府が全世界に対して宣戦布告した」




