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血潮伝う金床の星 第二十八話

 邸宅に着くと早速担架で担ぎ出された。駆けつけていた医者たちがわらわらと集まってきて、すぐに治療が始まった。そのとき、おそらく笑気ガスと思われるものを吸わされたが体質のせいか全く効かず、銃弾を取る際の激痛は撃たれた瞬間よりもひどく耐え難いものだった。


 普通に生きていたら感じることはない体内部からの感触の気持ち悪さと、味わってきたものと異なる凄まじい痛みのせいで何が何だかよく思い出せない。唯一覚えているのは、兎にも角にも痛かったことと誰かの手を思い切り握っていたことだけだ。



 次第に痛みが引いた後、それまでも意識はあったのだが我に返ると周りにはシローク、ユリナとククーシュカがいた。そして後ろの方で禿げ頭が動いている。


「さてわしができるのはここまでだ」

「ふざけるな! キサマ、僧侶じゃねぇのか!?」

「なぁにを言っているんだ。わしを一方的に拘束しておいて、治療までしろなどと……」

「テメェにゃ金握らせたじゃねぇか!」

「確かに貰ったが、そのお金はどこで使えというのかね? エケル通貨をよこしたということは共和国内で買い物をしていいのだね?」

「ワタベとか言ったな。それはつまり自由が欲しいということか?」


 ユリナとのやりとりに横から入ったシロークに、ワタベは物分かりの良さに感動したような満面笑みを浮かべた。


「そうだね。それならもうちょっとやってあげても……」

「ざけんなコラァ!」

「リナ、落ちついて」つかみかかりそうなユリナを押さえてシロークが前に出た。「申し訳ないが、それはできない」

「では、貰った分ではここまでだな」

「オイ、テメェなんもしてねぇじゃねぇかよ!」

「何を言っているんだ。わしは彼に治癒魔法をかけたじゃないか。君たちが投げつけた小銭にふさわしい程度の。全く、無礼と言うのかな。それにしても、拘束しているうえに使役しようなどと考える君たちは本当に何様なんだ? わしを奴隷か何かだと思っているのか?共和国は権利を守る国ではないのか? ん?」

「リナ、仕方ないよ。イズミ君の銃弾はもうとれて、それに止血も済んでいる。彼はまだ若いから傷も時期塞がるだろう。少し我慢をしてもらうしか……」


「その男に、あの傷は塞げない」


 と、これまで黙っていたククーシュカが口を開き呟いた。

 それを聞いたワタベが「えっ、何を」とぎくりと飛び上がると動揺し始めた。さらに彼女は指をさしてさらに続けた。


「確かに治癒魔法が使える。でも、できるのは切り傷の治療くらいしかできない。私は今まで見たことがない。怪我をしたときに”それくらいの傷、我慢しなさい”とよくシバサキに言っていた。誰かが大怪我をすると、感傷に浸りながら”わしには無理だ……”と震えた声だけで言っていた」


 ユリナの表情は眉を吊り上げて一瞬で厳しいものになった。


「……てぇことは、テメェは、わしならできる! と啖呵切って床にきったねぇツバまき散らしたくせに、なんもできねぇんだな? テキトーにやって出来ませんでした、で誤魔化せばいいと思ったのか?やれることはやりました、みたいな誠意だけ見せれば解放されるとでも思ったのか?」

「そ、そんなわけないじゃないか。うむ、わしは、うむ、そうだ! プロだ! それに恥じない治療をしたぞ! では治療もしたし、お金を使いに行かなければな。それにやらなければいけないこともあるし、うむ。ではな!」


 歯をむき出しにしてずんずんと迫ってくるユリナから逃げるように、ワタベは慌てふためきながらドアの方へ足早に向かった。しかし誰かに足をかけられて転び、そのはずみでどこかでくすねて隠していたのであろう魔石を一つ落とした。そして、すぐ横にいたジューリアさんに「小銭持ってお使いかい? いい子だねェ」と掴み上げられて連行されていった。



 やり取りを黙って聞いていた俺が落ち着いたことに気が付いたのか、ククーシュカがのぞき込んできた。


「落ち着いた? 傷は致命的ではないけれどだいぶ深い」

「俺は生きてるのか?」

「血も止まっているから、もう大丈夫。銃の傷なんて初めて見る。危ないものね」


 小さな右手が伸びて来て首に添えられた。親指で頬を撫でられると、熱っぽくなっている体にはその手は冷たく感じる。そして突然顔が近づいたので心臓が強く脈打った。しかし、同時に左肩から背中にかけて激痛が走り、色白美少女の急接近に照れている余裕がなくなった。彼女はすぐに手を放してシロークとユリナの方を向いてしまった。


「彼の看病は私がする。見たことがない傷だけど、こういう傷に対する対処法は知っているから任せてほしい。レアに治癒魔法を毎日ちょっとずつかけてもらえるよう、私から頼んでみる。そういえば、ユリナは賢者なら治癒魔法を使えないの?」

「ああ……、私は、ちょっとな……。ヘタクソっつーか……。加減しても効きすぎて痛くなるらしい。……ってシロークが前言ってたんだわ。やるにゃいいんだが、傷の大きさからすると痛みで発狂させそうでさぁ……」


 ユリナは後頭部をかきながら、へへへと笑った。自己修復を加速させるのが治癒魔法だ。今の傷に魔法を掛けられたら左肩一帯が激痛に見舞われそうだ。それどころか、体中の栄養と体力をすべて持っていかれてしまうだろう。勘弁してほしい。


 いやそうな顔をしていたのを見ていたようだ。ククーシュカは上目遣いのようにこちらを見ると、そう、とだけ言って立ち上がった。


 ベッドから離れていく彼女のコート裾から出ている白い左手は、真っ赤に腫れあがっていた。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘、お待ちしております。

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