驟雨の幕間 第二話
「遙か昔、吟遊詩人が勇者の英雄譚を竪琴で奏でていた頃、あなた達に呼び出されてお願いされたことを叶えること」
「争いを終わらせてくれってことか? だったらなんでその力でもって、すぐに終わらせないんだよ?」
「それは出来ないわー。人間もエルフも、何か大きな物事がいきなり終わると、生きるための依り代がなくなるのー。争いが無くなれば良い。でも、争いがなくなれば英雄たちは力を持て余す。戦う為の者たちの居場所がなくなってしまう。戦う力を一度に消してしまえば良いって言うことも出来ないの。それはあなたが一番よく知っているでしょー? 長い時間をかけて、その牙を捥ぐのではなく、丸く削っていくべき。
でも、その実、争いがないと居場所がなくなるのは戦う者たちだけではないのー。誰もがその足並みを揃えることが出来なくなるのよー。
敵がいた方がまとまるって、よく言うでしょう? 力はなくとも他人を恨むことはできる。その恨む力によって団結する。だから、争いは自分たちの手で終わらせなければいけないのよー」
「あんたがそのためにしてるのは、特定に人間に力を与えることだろう? そんなの、その力を巡って争いが起きるだけだ。煽ってるとしか思えない」
「そうねー。あなたに力を上げたあの子は知らないけど、少なくとも私は煽ってるわねー」
「いい加減にしてくれ」
腕を組むと久しぶりの左手の感覚があった。右手の人差し指で柔らかい左の肘の関節を楽しむように叩いた。
女神はそれを見ると「ハルモニア」と一言呟いた。
「調和?」
「そう。ハーモニーの語源になった言葉。よく知ってるわねー」
「それがどうかしたのか」
「ギリシャ神話の女神にハルモニアっていうのがいるわねー?」
「知らない」と即答すると「知っておきなさいよ! バカ! 話には流れってものがあるでしょう!?」と瞬間に沸騰した。
面倒くさいので「じゃあ知ってる知ってる」といい加減な返事をした。
「それが誰の娘か、よく考えてみてごらんなさーい」
「知らない」
「ちょ、あんたねぇ! バカ! 知らないなら最初から言いなさいよ! アレスとアフロディーテの娘なの!」
最初に伝えたではではないか。話をするのが面倒でいい加減な知ったかぶりをした俺も悪いかもしれないが。
「へー、子どもいたんだ。しかし、相手がアレスとは意外。戦いの神様じゃないか。あんたとは真反対にいそうな気がするけど」
「なんでアレスは知ってるよ」
目の下をひくつかせながら睨みつけるようになった。この人は何を言っても不機嫌になっていく。ある意味でシバサキには似ているのかもしれない。
アレスはよく知っている。戦いの神という性質上、創作の中では扱いやすいので悪役扱いが多い。この存在のせいで世界に争いが絶えないと、神様でありながら扱いが辛辣である。
「映画でよく悪役にされてたから」
「アンタ、もう、ほんと何なのよ! ムカつくわねー! もういいわ。アレスは軍神。私、アフロディーテは愛の女神。そしてあなたのいる世界はどうなっているかしらー?」
「戦いがあちこちで起きてる」
「その通り! 私は人間とエルフの世界に思い切り争いを巻き起こすの。それも、生半可な争いじゃなくて、たくさんの人が戦う。ヒトもエルフも、誰かを殺したことの無い者など存在しなくなるような。誰もがアレスになるような、とんでもない規模の争いよー。そこにある愛によって争いが終われば、ハルモニア(調和)が人間とエルフの世界に生まれるのよー」
「ふざけるな」
人に戦わせて自分は安全圏に留まって目的を果たそうというのは最悪でしか無い。
「じゃあ、あなたはどうやって争いを治めるつもりだったのー?」といつかやられたように高圧的な態度を取られた。
俺は何も答えられずに黙ってしまった。
そのまま黙って見ていることしかできないと「安心なさーい」と満足げな笑顔になった。
「あなたのおかげで、戦争の中に確かに愛は生まれたの。でも、まだ足りないわー。もっとよ。もっとたくさんの愛が必要なの。そうでなくちゃ、ハルモニアは生まれないわー」
「これ以上何をするつもりだ?」
「私はもう何もしないわー」




