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血潮伝う金床の星 第二十七話

 マリークに覆いかぶさるようにして音の方を見上げた。

 音に驚いて青空へ飛び立ち始めた鳥たちを背後に、座りながら膝と肘で銃を構える女性の姿が建物の屋上にあった。光を返すスコープを覗くその顔はいつも屋敷のどこかで見かけていた。だが、目を細めて遠くを睨みつけていて、見慣れない真剣な顔をしている。


 彼女は標的を排除したのか、銃を下ろして背中に背負った。そして、すっと立ち上がり俺とマリークを見て笑いかけてきた。その女性は、部屋を掃除すると言ってずかずかと入り込むときの抵抗できないあの優しい笑顔の持ち主、おばあちゃん女中のジューリアさんだったのだ。魔法射出式銃で襲撃犯を残らず狙撃したのだ。


 彼女がいた場所は四階とかなり高さがあったが、雨どいやベランダの棒に飛び移り、降りて来て俺とマリークの前に軽い音ともに着地した。いつものふりふりの恰好ではなく、ブーツにカーゴパンツを履いてとても動きやすそうな軍服に身を包んでいる。ほどかれた長い髪は風になびき、長袖をまくり上げるとしなやかな筋肉の付いた腕が露わになった。そして軍服を着ているとだいぶ若く見える。


「お坊ちゃま、イズミ殿、お迎えに上がりました」


 そう言うと、俺たち二人を抱えて目には見えない速さで走り出し、大通りへと向かった。明るい路地の先に見覚えのある車が止まり、ドアが開かれると中に放り込まれた。続いてジューリアさんが乗ると急発進して、大通りを走り始めた。ルームミラーを見ると、いつもの運転手がいた。


 助かったのかと安堵した瞬間、再び激痛が走った。だがさらに、車のリアガラスに何かがぶつかりヒビが入り、一斉にシートに隠れた。

 ジューリアさんが手鏡を使い後方を確認すると、そこには俺たちと似た形をした蒸気自動車が見えた。ハンチングを深くかぶった男が車から身を乗り出し、拳銃をこちらに向けて撃ってきている。車が左右に大きく揺れ始めた。どうやら運転手は狙いを定められないように蛇行運転をしているようだ。

 ジューリアさんは応戦すべくすぐさま銃を構え引き金を引いたが、魔法は放たれず険しい顔になった。どうやら壊れてしまったようだ。魔法射出式銃は魔法が使える者が近づくと、装置内の魔石が反応し過剰に力を発揮してしまい壊れてしまう。俺が近づいたせいで使い物にならなくなってしまったようだ。


 それを見ていたマリークの視線が急に鋭くなった。

「僕に任せろ」と言うと手に持っていた俺の杖を力強く握り、割れたリアガラスから外を見た。割れた窓から吹き込む風にベレー帽が揺れて今にも飛んでしまいそうになっている。

 ジューリアさんに危ないです!と止められるも、彼は集中し魔法を唱え始めた。杖の先に彼なりの魔法円を描き、何かを唱えようとしている。青い色の光を放つ魔法円からすると、おそらく彼の得意とする氷雪系の魔法だ。しかしそれをどう使うつもりなのだろうか。


 マリークの姿を見て何かを察したジューリアさんは運転手に銃弾を避けなさいと指示をした。すると、さらに蛇行運転が激しくなった。それでも襲撃者は相変わらず撃つのを止めず、またしても銃弾が車に当たる音がした。しかし、それにも構わずマリークは魔法を唱え続けた。


 そして唱え終わり振りかざすと、杖先から大量の冷気と風が巻き起こった。光りの粒が躍る風の中へベレー帽が飛んでいくと、彼の作り出したそれは辺り一帯の空気をどんどん冷やしていく。そして、なんと車の後方から追ってくる車の前に巨大な氷の壁を幾重にも作り出したのだ。


 一枚一枚は非常に薄くて、すぐにでも割れてしまいそうだ。しかし、それが何枚も重なり分厚いとなっていく。銃弾が当たっている様子が見えるがそれを壊すことができないようだ。何発かの銃弾を壁に当て氷の粒をまき散らせた後、襲撃者たちは撃っても無駄だと悟ったのだろう。銃弾は飛んでこなくなった。わずかに透ける氷の向こう側で斜めに止まり、立ち往生している車が見える。

 マリークのおかげで俺たちは逃げきることができたのだ。



 それから追手がくる気配はなくなり、車は山の手に向って走っていた。そしておかしなことに襲撃以降、いつもの道で工事は行われておらず通行止めではなくなっていたのだ。掘り返した形跡すら見当たらない。

 ガタガタと揺れる車の中で、ジューリアさんが話しかけてきた。


「イズミ殿、坊ちゃまをありがとうございます」

「いえ……」


 しかし、痛くて会話どころではない。安堵したせいで興奮が収まり、アドレナリンが仕事をしてくれなくなったのだ。しびれはなくなったが、とにかく強い痛みと肩にある異物感。

 ジューリアさんが俺を起こすと傷と背中を見た。


「盲管銃創、どうやら、肩の銃弾は貫通していないご様子ですね。急いで戻らなければ。ウィンストン、急ぎなさい」


 運転手のウィンストン(初めて名前を聞いた)が前方から、かしこまりました、と落ち着いた声で答えると、ハンドルの下にある赤いレバーを引いた。すると、割れたリアガラス越しに灰色の煙が上がるのが見え、ガソリンのような臭いを漂わせるとグンと速度が上がった。いつもの倍以上の距離をあっという間に走り抜けギンスブルグ邸に到着した。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘、お待ちしております。

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