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裏切りの代価 最終話

突進してきた隊員は、突然膝裏を衝撃に押されて跪いた。彼の後方から僅かな閃光の後に真っ赤なものが飛んできた。

壁や窓に飛び散った肉片は先ほどよりも量が多い。不完全な爆破で飛び散った中身はある程度形を残している。丸いもの、巨大な芋虫のようなもの、骨、光を既に失っていた眼球。それらは滑りのある血と共にゆるりと下へと垂れていく。やがて水に濡れた布の固まりを墜としたような音がした。

滾るような、機械油の隙間からするようなものではない鉄の悪臭と焦げた火薬の煤けた匂いが部屋に充満した。


手榴弾は爆発した。爆発した手榴弾は、既に脳天を撃ち抜かれて倒れていた隊長殿の腰に付いていたものだ。若い隊員の後ろでそれは炸裂したのだ。

倒れて遺体で覆われていたので不完全に炸裂したようだ。


若い隊員は目の前で悲しそうな視線で私を真っ直ぐ見つめながら、執務机に血塗れの手を突き、やがてうつ伏せに脱力した。


「普通に考えろよ。分かるだろ。爆発するのは隊長殿の持ってたヤツに決まってんだろ。どこの馬の骨かもわからねぇ警備隊員を一人爆殺しても意味ねーだろ」


私は隊員を顎を上げて見下ろた。うつ伏せの隊員の髪を引っ張り上げ、その顔に付いた肉片を親指で拭い、払った。

隊員はやっと涙が出てきた。負けを悟ったのだ。


「上司の命令を聞くのは悪ィことじゃねぇ。言うことを聞いてたから、最後にお前を守ってくれたんだろ」


私は隊長殿が横たわっていた辺りの床を顎で差した。今はただ、何かが浮かぶ赤い海があるだけだ。


「だが、ムショから出て、社会に戻ったときにゃあ、上司をよく選ぶんだな」


そう言いながら、髪から掌を放した。隊員は大声で嗚咽を始めた。

泣き声が執務室いっぱいに広がると、隊員たちは武器を下ろして顔を下に向けた。

ある者は下を向いたまま顔を左右に振り敗北を受け容れ、別の物は額を押さえて息を吸い込んでこれからの自分たちに絶望している。


若い隊員の嗚咽は収まり、ヒクヒクとした声だけが残った。


気まずさが残る中で、フラメッシュは「あ、はぁ」と絶望するようなため息を溢した後、「奥方様ぁ、先に言ってくださいよ。私の掃除がぁ」と顔についた血肉を手で拭った。

汚れを気にしている割りに、もう仕方ないと割り切っているのか、その手を思い切り振って血を飛ばした。


「だって、お前今回裏切り者の役だったじゃんか。ダメだよ。ネタバレは面白くない。お前らの中でこういう特殊清掃得意な奴いるだろ。確か、元殺しの後始末屋かなんかいたろ? ソイツにも手伝って貰え。何ならいっそこの省舎をクーデターの記念碑にして、新しいのに建て直すか。カネ出してくれ、シローク金融省長官殿ぉ」


「リナ、あ、後で全部説明してくれ」と完全に蚊帳の外だったシロークが血塗れでそう尋ねてきた。


跡形も無くなった元上官の血にまみれた警備隊員はやがて踏み込んできた軍人たちに両腕を抱えられて、何の抵抗も示さずに拘束されていった。



その後数時間のうちに、フラメッシュのもたらした名簿により、首都にとどまらず共和国内全体で帝政思想(ルアニサム)の一斉逮捕がその日のうちに行われた。メレデントのような哀れなネズミを生み出さない為に迅速に行われた。

その日は港も空港も駅も封鎖されており、無許可出航や発進は全て撃沈もしくは撃墜命令を出していた。幸いにも船は一隻も沈んでいないし、航空機も落ちていない。汽車は運休で車庫の中だ。封鎖はもちろん私の指示である。


というのも、線路に爆弾を仕掛けていた奴がいたらしい。インフラをぶち壊そうとする輩は許してはいけない。狙撃手でソイツの眉間を狙いながらそいつら自身で爆弾の解除をさせた。終わった直後、狙撃手がうっかり引き金を握ってしまい、運悪く頭を撃ち抜いてしまったそうだ。これはアニエス陛下殿とイズミには内緒だが。


市中警備隊も全隊員が帝政思想(ルアニサム)信奉者というわけではない。隊員全体の数からすれば少数ではあったが、数にすれば決して少ないものではなかった。

大企業の幹部クラスも幾人か混じっていた。活動が衰えずに継続されていたのは、こういった資産を持つ者たちが後押ししていたからだ。

企業の重役や上流階級といった私の監視システムの及ばないところにも、こういう不逞の輩がいるのだ。

全てのクーデターは私の掌の中で動き、そして、私自身で握りつぶした。だが、この国を守る為に何が必要か、改めて私は噛みしめることになった。



――こうして帝政思想(ルアニサム)の野望は、その存在と共に全て潰えたのだ。

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